7 揺さぶる人 【7-3】

【7-3】

「どうですか? お楽しみいただけていますか」

「あ……はい。こういったところは初めてなので……」

「そうですか」


持田さんは、いくつくらいの人なのだろう。

社長よりは年齢がいっている気もするが、立ち振る舞いはしっかりしていて、

どこか品もある。


「ここ『スレイド』には、お客様方と同じくらいの若い音楽家が、
夢を持ち、集まってまいります。どうか、未来を夢見るものたちに、
温かい拍手の応援を、してあげてください」

「はい」


持田さんの言葉に、椎名さんはすぐ返事をした。

持田さんは、少し笑顔を見せてくれる。

『未来を夢見る若者』

扉を開けてすぐに目に飛び込んできたあのピアノの男性も、

ここから夢を叶えていきたいと、考え、努力している人なのだろうか。

何を弾いているのかはわからないけれど、真剣な表情は見ているだけで、

何かを訴えかけてくれる。

『聴いて欲しい』という思いが、音だけでなく振動になり、

僕の体全体を揺さぶる気がした。


「お客様……」

「はい」


持田さんは、僕が手に持ったままの名刺の上に、

黄色の音符がついたシールを貼り付けた。

その意味がわからずに、思わず彼の顔を見てしまう。


「申し訳ありません。お客様が、とてもいいお顔で曲を聴いてくださるので、
ぜひ、またお店にいらしていただきたいなと……」

「あ、いえ……」


僕はそんなに、夢中で音楽を聴いていただろうか。

どんな顔をしていたのか、自分で自信が持てず、首を傾げてみる。


「一杯、お好きなお酒をサービスいたします。ぜひ、また……」


持田さんはそういうと、もう一度丁寧なお辞儀をし、席を離れていった。


「なんだか、シールを貼られたよ」


『いいお顔で』と言われて、どこか気恥ずかしく、

僕はシールを貼られたという話をしながら、照れている気持ちを分散させる。


「きっと支配人さんも、後藤さんにいいイメージを持たれたのでしょ」


椎名さんはそういうと、嬉しそうに笑った。





開演時間まで5分を切ったとき、テーブルにピザが配られ始めた。

僕らが入ったときには空きのあったテーブルも、一つだけを残し全てが埋まる。

前座のようにピアノを弾き続けていた男性の演奏が終了し、

あちらこちらから、大きな拍手が沸き起こった。

僕も、しっかりと拍手をする。

どうか、あなたの夢が叶いますようにと、願いを込めて、叩き続けた。

熱気のあった舞台は、照明を少し落とす。

さらなる興奮を生み出す前の、静かな時間が、会場に広がっていく。


「『TEA』さんの低音、とっても素敵ですよ」

「そうなんだ。僕は本当に何も知らなくて。チケットをもらったから、
ただ来てしまっただけで。なんだか申し訳ないな。
何か借りて聴いておくべきだったかもしれない」


そう、この会場内の誰よりも、身軽にここへ来てしまっただろう。

これから歌う人の大きさもすごさも、この場所の意味も、何も知らないだけに。


「今日、知ることが出来ますから大丈夫です」

「うん」

「ピザ、切りました。食べましょう」


椎名さんはそういうと、ピザをそれぞれの皿に分け始めた。





会場のライトが一つ、そしてまた一つと消えていく。

招待客の視線が、スポットライトの当たった舞台へ向かったとき、

僕らから見て右端になる最後の空席に、男性が一人到着した。

何気なくその動きに目を向ける。


「あ……」




どうして、ここに……




「長らくお待たせいたしました。それでは、『TEA』の登場です。
みなさん、拍手でお迎えください」


司会者の声が聞こえ、ライトは完全に『TEA』さんだけのものになった。

僕は、暗闇に慣れてきた目で、もう一度右を見る。

一番最後に会場に入り、『TEA』さんを黙って見つめるその男性は、

森中の伯父だった。


「後藤さん……」

「はい」

「どうしたのですか?」

「あ……いえ」


伯父は、ここへ来ていることを秘密にしているわけではないだろう。

僕は、椎名さんに一番右端の席を見るようにと、指で合図する。

椎名さんはその指の先を見た後、僕と同じように驚いた。


「おじ様……」


『TEA』さんが舞台の中央に立つと、さらに大きな拍手が沸き起こった。

うちの工場に姿を見せたときとは違い、薄い紫色のロングドレス。

耳には大きなイヤリングが揺れている。


「みなさん、今日はありがとう。
久しぶりに、日本で本格的な活動をすることになりました。
そのスタートは、私の夢を広げてくれたこの場所で、
そして、私を応援してくださるみなさまと……と決めておりました」


『TEA』さんの言葉に、会場内からは歓声代わりの拍手が沸き起こった。

もしかしたら、この会場にいる人たちは、『TEA』さんのスタートから彼女を知り、

長い間応援して来た人たちなのかもしれない。


「ありがとう。精一杯歌います。どうか、最後までお付き合いください」


彼女の歌がどういうものなのか、僕は何も知らない。

でも、登場してきただけで、マイクの前に立っただけで、一気に集中出来た。



【7-4】

歌の中に見つけた、小さな光と闇。
戻らない日々の中から、歩の心は懐かしい声を思い出す。
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