【S&B】 25 奇妙なドライブ

      25 奇妙なドライブ



「ねぇ、ママから連絡が入ったでしょ。今、ビー・アシストの前だから、
すぐ出てくるように言ってって……待ってたの」


京佳さんは車の助手席から下り、サングラスを外すと笑顔で僕に手招きした。

運転席に座る男がこちらを向き、何か不機嫌そうな視線を向けたため、

僕は彼から見えないように、下の方で京佳さんに合図を送り、少し距離を近づける。


「待っていて欲しいと言った覚えはないけど。それに今日は本社じゃなくて、
注文センターにいらっしゃると、今会長か……」


僕はそこまで告げ言葉を止めた。会長が、予定外の行動に出て来た理由がぼんやりと見える。


「そうよ、だからママに頼んだんじゃない。私が誘ったら、青山さん出てくる? 来ないでしょ?
うちの注文センター、大学の側だから乗せていこうと思って」


4時過ぎにしてほしいと自ら指定した会長が、急に早く出てくるように電話してきたこと自体、

妙だったのだ。この親子の絶妙なタックルに、僕は後ろから倒された気分になる。


「彼は誰?」

「ほら、前に話した元彼。今日も別れ話をしたんだけど、決裂したの。大学に戻るっていうから、
だったら青山さんを乗せていこうと、ここへ……」


意味がわからない。京佳さんは扉を開け、中にいる別れたいはずの元彼に、

僕と後部座席に乗りたいと言い始めた。何か別の用事をつけてこの場を逃れようかと思ったが、

そんなウソは通じる状態じゃない。


「主任、失礼します……」


その声に振り向くと、営業部への挨拶を終えた三田村が出て来た。僕はすぐに彼女の左腕をつかみ、

車の方へ引き寄せる。三田村は何が起こっているのかわからないようで、僕と京佳さんの顔を

交互に見ながら、目を丸くした。


「京佳さん、彼女も乗せていい?」

「エ……」

「いえ、主任、私は……」


僕は三田村に目で合図し、この場を離れないで欲しいと、つかんだ腕をさらに強く握る。

母の店があるビルは、ここからだと注文センターへ向かう途中になり、僕にとっては好都合なのだ。


「彼女も連れて行くんですか?」

「いや、彼女は岡町なんだ。途中で降ろしてもらえたら助かるんだけど」


京佳さんは三田村の腕をつかんだままの僕の手をじっと見ると、少し頬を膨らませ鼻を軽く動かした。

そっちも予想外の展開だろうが、こっちだって、親子のどこからくるかわからないタックルに

倒されないよう必死なのだ。文句を言わないでもらいたい。


結局、後部座席に僕と三田村が座り、京佳さんはまた助手席に座った。

高橋君は、それこそラグビーでもやっているのか、背が高くガッチリ系で、

運転席がとても狭く見える。妙な4人を乗せた車は、ビー・アシスト前を、

駐車禁止ステッカーを貼られることなく、出発した。


僕はすぐに携帯を開き、三田村のアドレスを呼び出しメールを打った。

何秒後かに三田村の着メロが流れ、何も知らない彼女が携帯を開く。



『巻き込んでごめん……』



その短い言葉に、何かを察した三田村は少し下を向いた状態で、軽く首を振った。

状況を理解してもらえたことにほっとした僕は、背もたれにやっと寄りかかる。


「青山さんの部下の方ですか?」


京佳さんは顔と体を半分以上後部座席へ向け、三田村に質問をした。自分勝手にからんできておいて、

あれこれ興味を示さないで欲しいと思うが、そうは言えない。少し解放された気持ちに、

またストレスが加わる。


「元部下です。今は退社したので……」

「へぇ……」


何か言いたげな瞳が、僕の方へ向く。この親子には天性の素質があるのだろうか。

人を逃がさないようにする訓練をどこかで受けているとしか思えない。何も準備がない時に限って、

災難は襲ってくるものだ。それにしてもこの高橋という男は、いったい何を考えながら

運転しているのか、別れてくれと言う女を送る男の気持ちは、同じ男として全く理解出来なかった。


「匠、彼が青山さんなの。もう、いい加減に納得してよ。幻でも空想でもないでしょ」


二人の間でどんな会話が交わされていたのか、僕が察することは出来ないが、『別れる』目標のため、

京佳さんなりの努力を続けているのは確かなようだ。


普段なら地下に潜り見ることのない都会の風景をただ眺めた。その景色に三田村の横顔が入り込み、

右の耳の下に小さなほくろがあることに気付く。メガネを外した彼女を見てからというもの、

今まで見ようとしなかった部分を、見たいと思うようになった。


「あ……」


車が走り出して10分くらい経った時、三田村は左を指さし、僕の膝を叩いた。

大通りに紫のアーケードがかかる店があり、2、3人の女性客が、何かを手に持ち立っている。


「ワッフルの有名なお店なんですよ。一時期流行って、近頃はあんまり話題に
ならなくなったんですけど、あのお店は今でも人気なんです。一つ一つが小さいからスナック感覚で、
あんなふうに袋に入れて、パクンと食べるんです」


またきっと、どこかの雑誌に載っていた情報なのだろうが、車内に流れていたどこか異様な空気が、

三田村の借り物知識に、なんとなく和む。


「へぇ……食べてみたい。ねぇ、ちょっと止まって!」


京佳さんの嬉しそうな声に、高橋君がブレーキを踏んだ。財布を手に出ようとした京佳さんより先に、

三田村は扉を自ら開け、車外に出る。


「私が買ってきます。すぐに戻りますから……」


小さな柵を避けるように回り込み、三田村は早足で店へ向かった。仕事じゃない時の彼女の行動は、

結構てきぱきとしている。以前、ダミエケーキの店へ行った時も、今のように速かった。


あの雨の日、エレベーターに閉じこめられた三田村は、それでもめげずに目的のケーキを買いに

向かった。今日も初めて会うメンバーと車に乗っているのに、スイーツを目の前にして

無視ができないようだ。彼女が本当に甘いものが好きなことがわかり、僕はなんだかおかしくなる。


三田村は僕らの分以外にも、ワッフルを買い込み車へ戻った。助手席の窓を開けていた京佳さんに

二つ手渡し、後部座席へ戻り、僕に一つ差し出す。


「すみません、寄り道させてしまって」

「ううん、いいんだけど、ねぇ、いくら?」


京佳さんは財布を片手に三田村に問いかけた。三田村は電車代だといい、

それを受け取ろうとはしない。ダミエの時もそうだったが、また、僕は彼女に変な負担を

させることになるのが嫌で、財布から3千円を取り出し、三田村の右手に握らせる。


「いえ……」

「ダメだよ、あの時と同じになる。受け取って」

「いいんです……私が食べたかったんですから、いただけません」


三田村は何度も首をふり、僕の方へお金を押し戻す。どうしても……と押し返そうとして、

ある考えが浮かび、ここは深追いせずに、そのままお金を財布へ戻す。


無言の高橋君が運転し、京佳さんが好き勝手に歌を歌う車は、順調に岡町の駅へ到着した。

三田村が下りるのと同時に、僕は反対側の扉から下り、車に背を向け三田村の前に立つ。


「さっきの3千円、貸しにするから……、今日の予定は?」

「エ……」


三田村の手には、母への土産にするのだと思える、さっきの店のワッフルの袋が握られていた。

思っていた通りの彼女の優しさに、僕はその袋を確認し、彼女の方を向く。


「お金だと、三田村は受け取らないんだろ。だから食事ならいいよね」


三田村は、びっくりしたような顔をしたが、すぐに小さく頷いた。僕たちの距離が

また少し近くなった気がした時、助手席に座っていた京佳さんが、

車のクラクションを大きく2度鳴らして、心地よい空気を蹴散らした。





26 アイツの目 へ……




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コメント

非公開コメント

卒業おめでとう!

今、出勤途中なんですが 袴の娘さんとお母様が座っています。いいですね。 春ですね!二人にも春が近づいていますね! ゆっくりゆっくりと でも嵐が近くに(((^_^;)いますもんね! どうなるんでしょ。(^-^)

やきもち・・・

別れたい彼と一緒、話は平行線なのね。
頼んだ祐作は見も知らぬ女性を連れて・・・京佳さんやきもち?e-264

祐作は又望らしい姿を見て心がフンワリv-238
食事の約束取り付けて気分がよかったのに・・・e-281
お願いだから邪魔しないでね京佳さん。

そうだね、そんな季節だね

anyonnさん、どうもです!


>春ですね!二人にも春が近づいていますね! ゆっくりゆっくりと
 でも嵐が近くに(((^_^;)いますもんね! どうなるんでしょ。(^-^)

嵐が一緒に乗っている……と祐作は思っているのですが、実は、嵐は姿を現さず、
別のところからも迫っているんですよ。v-404
どうなるんでしょ……

心はふんわり

yonyonさん、こんばんは!


>祐作は又望らしい姿を見て心がフンワリ
 食事の約束取り付けて気分がよかったのに・・・

ねぇ、いい気分になっているところを邪魔した京佳さんですが、
実は、本当の敵は、姿を見せずに迫っているのです。v-39(ってホラーじゃないけど)

で、もって、次回へ続くv-157

作戦

拍手コメントさん、こんばんは

>青山さん、うまいな~、
 三田村さんが、お金だと受け取らないから、 食事に誘っちゃう

はい、祐作は望の性格も、わかりきってますからね。
自分のテリトリーにひきこむつもりです……
このままグッと近付くのかどうか……も、お付き合いください。