8 偶然の終わり 【8-4】

【8-4】

今日の弁当、メインはから揚げ。



祖母が作ってくれるものは、冷めても美味しいのはなぜだろう。


「あ……ほら、見てよ歩。新聞に小さいけれど出ているわよ」

「出ている?」

「『TEA』さんが日本で活動を開始する話よ」


社長が購読しているスポーツ新聞。芸能欄の隅に、確かに名前が記されていた。

特に写真があるわけではないけれど、それなりに注目されているものなのだと、

あらためて思う。


「『TEA』を応援する世代は、今、世の中の中心にある年代だ……か。
そうね、確かに……」

「会場で、伯父に会いました」

「伯父さん? あら、哲治さん? 何?」

「はい。招待客として来ていたので、『TEA』さんを知っているのでしょうね。
その記事の通りです。会場内のファンの方は、みなさん風格のある方ばかりで。
どこかの社長さんかなとか、芸術家かなとか、思えるような」

「へぇ……そうなんだ。それにしても哲治さんが『TEA』さんねぇ、
なんだか想像つかないけれど」

「……ですね」


そう、『MORINAKA』が貴金属メーカーとして、契約でもしているのなら、

もう少し会社の人間が顔を出していただろう。

昨日は、本当に伯父一人が来ていて、周りには誰もいなかった。


「哲治さんにジャズってイメージないんだけど」


奥さんの言うとおりだった。

僕が伯父の姿を見るのは、

『MORINAKA』のトップとして、人に囲まれている場面しかない。

こんなとき、母が生きていたら、

伯父の違った面でも教えてもらえたかもしれないけれど。


「伯父も驚いていました。僕がいたので」

「何? どうして。歩がジャズを聴くのかって?」

「いえ、僕が、椎名さんと一緒だったので」


そう、伯父は驚いていた。

伯父を見つけた僕達よりも、明らかに驚きが大きかった。

それはきっと、思いがけない二人が並んでいたから。


「遥ちゃんと一緒が、いけないの?」

「彼女は、拓の相手として、伯父たちは考えているそうですから」

「拓君?」

「はい。拓もそのつもりのようです」


取引先のお嬢さん。

相手には跡取りになる息子がいて、会社のプレッシャーもない。

お互いが、これからもビジネスパートナーであり続ける象徴として、

二人の未来は、当然のように用意されている。


「拓君の相手……」

「はい。どうして僕達があの場所にいたのかは、伯父は知りませんから」




ここまで……




僕は、自分自身に言い聞かせる。

今、引き返すべきだ。ごちゃごちゃになって、傷だけが残るような関係は、

もう、繰り返したくない。


「歩……」

「はい」

「歩は、遥ちゃんのことが好きなのではないの?」


『好き』という感情が、どこまでを示すのか、わからないけれど、

そうではないと首を振る自信はない。

彼女といる時間は、あっという間に過ぎていくし、話をしていて、聞いていて、

『楽しい』気持ちはいくらでもある。


「素敵な人だと思います。あんなふうに色々な人と話が出来たらいいのにと、
うらやましくなるくらい、素直な人ですし……」


彼女と接して、気分を害する人がいるだろうか。


「私は、遥ちゃんも歩を好きだと思っている気がするけれど……」





『もう……いいです。ごめんなさい。もう何も話さなくていいです』





僕が体を引き寄せた時、彼女は少しだけ体をピクリとさせたが、

逃げることなく受け入れてくれた。





「いえ、それは違いますよ。彼女があぁいった性格だから、
そう見えるだけでしょう。椎名さんは誰にでも優しいから」

「歩……」


流されてはいけない。『偶然』はそう長く続かない。


「僕と彼女では、あまりにも違いすぎます」


僕は、何一つ自信がない。

『敵』となるべき人たちを、蹴散らすような強さも実力も、

自信も持ち合わせてはいない。


祖母の作ってくれたお弁当を食べながら、

テレビ画面に映る昼間のワイドショーを、黙って見続ける。


「ねぇ、歩」

「はい」

「歩は、景子から子供の頃の話とか、あと……生まれたときの話とか、
そういうことを聞いたことはないの?」


子供の頃の話……


「いや……特には……」


そう真剣に聞いてきた奥さんの質問の意味が、僕にはよくわからなかった。



【8-5】

『偶然』という時間を断ち切るとき、
奥に沈めたはずの思いだけが、互いに湧き上がる。
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