8 偶然の終わり 【8-6】

【8-6】

「どうしたんだ」

「はい」


入ってきた車は、伯父の車だった。

僕はすぐにこの間、『TEA』さんのコンサートで会ったことを思い出す。


「僕、出ます」


伯父の用事は、おそらく僕だろう。

そう思い、冷房の効いた事務所から外へ出た。

車の誘導を済ませ、運転席の後ろにいる伯父に頭を下げる。

助手席から、秘書の延岡さんが姿を見せた。


「こんにちは」

「こんにちは。先日はどうもすみませんでした。あの……車に何か」

「いえ」


後部座席が開き、伯父が姿を見せた。

車の修理ではないとなると、ますます予感が当たった気がする。


「歩……」

「はい」


事務所から奥さんが慌てて飛んできて、暑いので中に入るようにと話したが、

伯父はすぐに出て行くのでとそれを断ってしまう。


「歩に、話があるだけですから」

「でも……それなら中で」

「いえ、たいしたことではないのです」


奥さんはあまりしつこく誘うことも出来ないと思ったのか、

事務所へ戻っていった。延岡さんは先に助手席へ戻ってしまう。


「この間のことなのだが……」

「はい」


『この間』とは、『TEA』さんのコンサートのことだろう。


「歩を見つけて驚いたよ。どうしてあの席に……」

「すみません」


どう思われているのかわからないけれど、やましいところもないのだから、

隠す必要もないと思い、僕はいきさつを語ることにした。


「7月の始め頃に、偶然『TEA』さんが車を見て欲しいと、うちに入ってきて……」

「偶然?」

「はい。オフに車で外へ出たら、気になるところがあったみたいです。
ボンネットを開けて、色々と見て、結局ネジが少しゆるんでいただけで、
たいした修理とも言えないので、代金はいらないとそう言ったら、
あのチケットを僕に……」


『TEA』さんからのチケットがなければ、椎名さんと出かけることもなかった。

いや、椎名さんがうちのホームページ作りを手伝ってくれなければ、

誘うこともなかったかもしれない。


「そうか……歩に」

「はい。若い人にも聞いて欲しいと言われて、チケットをいただきました。
そのままにしてしまうのもと思ったので……」

「あぁ……うん」


そう、チケットをもらったから、それだけのこと。

『偶然』が積み重なっただけで、他にはなにもない。

椎名さんのことを、伯父も拓の相手にと考えているのだから、

それは確かに気になるだろう。事務所の中では、奥さんや栗丘さんが、

何を話しているのだろうかと気にしている。

『MORINAKA』の仕事が、確実に入ってくることで、

どれだけうちの工場が安定した経営になるか、それは僕にもよくわかっていて……


伯父に対して、頭を下げなければいけないことをするのは、

避けておかなくてはならないことくらい、今更言われなくても十分承知していた。


「そうか、偶然が重なったということか」

「はい。すみません、この間のことだけです」


もう、自分から彼女を誘うようなことはしてはいけない。

伯父を目の前にして、あらためてそう思った。

伯父は納得してくれたのか、それ以上何も聞くことなく、

後部座席からビニール袋を取り出した。それを僕に差し出してくる。


「これをみなさんで食べてくれ。ジェラートだそうだ。
暑さに気をつけて、歩も頑張りなさい。確か、この末には試験だろ」

「……あ、はい。ありがとうございます」


8月の最終日曜日、1級の試験が迫っている。

伯父は後部座席に乗り込み、運転手さんが扉を閉めた。

僕はあらためて頭を下げる。


「歩……」


後部座席の窓が開き、伯父の声が聞こえた。


「はい」

「たまには、うちへ遊びに来るといい」

「……はい」


伯父はそういうと、窓を閉めた。

運転手さんはエンジンをかけ、車はゆっくりと走り出す。

ほんの数分の滞在だったけれど、僕はあらためて色々なことを考えた。


「あら、哲治さんもう?」

「あ、はい。忙しいのでしょう」


『MORINAKA』の社長を務めている伯父が、わざわざここまで来たわけ。


「これ、何?」

「ジェラートだそうです。みなさんで食べてくれと伯父が」

「あらまぁ……」


奥さんは申し訳ないと言いながら、それを持ち事務所へ戻っていく。



『そうか、偶然が重なったということか……』



偶然は、あくまでも偶然。

そこから付属がついていくことを避けなければならない。

僕は……





あの伯父に逆らうことなど、するべきではないのだから。



【9-1】

『偶然』という時間を断ち切るとき、
奥に沈めたはずの思いだけが、互いに湧き上がる。
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