10 見えない糸 【10-1】

10 見えない糸


【10-1】

祖母は、急患として救急車で運ばれ、処置室で手当てを受けることになった。

祖母の意識はまだ、戻っていなかったが、看護師は心配ないと教えてくれる。

しばらく待っていると、医者に診察室へ呼ばれ、僕は中に入った。


「すみません」

「いえ、よかったですね、大事にならずに」

「はい」


PCを前に置き、医者はデータを打ち込み始めた。

祖母がどういうことになったのかを説明しながら、それをまた電子カルテに残す。


祖母は軽い不整脈を起こしたらしく、

夏の疲れも重なり、意識が朦朧とした状態に陥った。

それでも、数値の乱れはそれほどでもなく、しばらくしっかりと静養するようにと、

医師から告げられる。


「まぁ、季節も暑いですし年齢もありますからね。
無理されないように1週間ほど入院すれば、退院してもいいでしょう」

「はい」

「お元気だと思っても、夏はきついです。普段から、よく見てあげてください。
あの年齢の方々は、とにかく我慢強い」

「はい」


これからさらに年齢が重なると、

同じようなことが起きる可能性は増えていくのだと、そう医師から告げられる。

それでも、とりあえず大事にならずに済んだと、僕はほっと一息ついた。

診察室を出た後、あらためて受け付けの前に戻る。


「後藤さん」

「はい」

「入院の手続きは、もう済まされましたか」

「あ、いえ、すみません、慌てて出てきたので、保険証も何も持っていません。
あらためて出直してきます」

「そうですか、それではお待ちしています。こちらで部屋を確認して来てください」

「はい」


お世話になる看護師に頭を下げ、僕は病院の玄関を出た。

玄関前にある大きな時計に目を向けると、

当たり前だけれど、試験開始時間はとっくに過ぎていた。


「10時半……か」


年に一度、それしか試験日がない。

本来なら、悔しさで唇をかみ締めないとならないところだが、

正直、そんな気持ちにはならなかった。

心のどこかで無理だと思っていたのか、

また、そこまで頑張ってもいなかったのか。

タクシーが目の前に止まったので、僕はそれに乗り部屋に戻った。





「保険証……どこだ?」


おそらく、いつも持ち歩いているバッグに保険証があると思い開いてみると、

保険証と一緒に、1枚の写真を見つけた。



父と母と、まだ2歳くらいの僕の写真。



僕がその写真を見るのは、初めてだった。

きちんと正装をして撮られている写真。

何かの記念日だろうか、それにしてもどうして僕は、

この写真を見た記憶がないのだろう。

場所は、写真館らしく、祖母が持っていたのは、

その時に試し撮りでもしたスナップ写真だろうか。



『僕の小さい頃……』



少し前、自分が生まれてからのことを祖母に尋ねたが、普通と言われただけで、

何も情報がなかった。

僕は、ふに落ちないものを抱えながら、祖母が入院生活を送るために必要なものを、

箪笥から出し始める。いつも気にしたことなどないので、

何がどこに入っているのかよくわからず、とりあえず上から下へ1段ずつ開けていく。


「ん?」


祖母の洋服が入っている箪笥の一番下の棚。

何がどこに入っているのかわからなかったため、開いたけれど、

そこで、封筒に入った書類を見つけた。

しまいこまれている状態に、何が入っているのだろうかと中身を見ると、

『報告書』と書かれた紙が入っていた。



2001年、10月21日

入っていた報告書は、父と母が亡くなった、あの事故のものだった。

場所がどこで、どんな状況になり、警察がかけつけたのか、

病院に運ばれた二人が、どういう経過をたどったのか、

中学2年だった僕には、細かく伝えられなかったあの日の事実が、

今、目の前に迫ってくる。



『後藤景子 年齢39 A型』

『後藤克信 年齢40 AB型』



AB型。

父がAB型だったとは、思わなかった。

いや、母がA型であることも知らなかったけれど、どちらがどうというよりも、

何が起きているのか、わからなくなる。


「なぜ……」


この封筒は、どうしてこのように押し込まれていたのだろう。


「ウソ……だろ」


僕の血液型は、O型だと思う。

というのも、数年前に献血をした用紙に、そう書き込まれてあった。

AB型とA型の息子で、O型はありえるのだろうか。

単純に考えると、AかABになりそうなものだけれど、

でも僕は生物学などは詳しくないから、わからないのか、それとも……





僕が知らない何かが……どこかにあるのだろうか。





僕はしばらく『報告書』を握り締め、その場から動くことが出来なかった。



【10-2】

人と人をつなげる糸があるのなら、
どんなに細くても、自分の手でつかんでいたい。
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