CIRCLE piece4 【幸せの証拠】

CIRCLE piece4 【幸せの証拠】

幸せの証拠タイトル


「ミンア……君を愛してる」

「待って……」


子供達がいないこの時間が私の癒やし。現実に戻れば、慌ただしく動き回る日々。


「ママ、ねぇ、ママ!」

「やだ、裕美ちゃん。達也君と公園じゃなかったの?」

「だって、雨が降ってきたもん」

「うそ!」


慌てて窓の外を見ると、道路がすっかり濡れていた。現実に戻された私は、

ベランダへ向かい洗濯物を取り込み始める。


「ねぇ、ママ。韓国消していい?」

「……エ」

「アンパンマン見るからね!」


唯一の癒しの時間さえ、そう、ままならないことが多いのだ。取り込んだ洗濯物の山、

台所には取りかからないとならない皿の山。

そして気がつけば……。


「裕美、自分で片付けなさい!」


リビングには娘の裕美がちらかしたおもちゃの山があった。


「ねぇ、ママ。私、達也君と結婚する。今日ね、風船をもらったの。でね、風船、
木にひっかかったんだよ。お姉ちゃんが通って、取ってくれたの」


まだ6才になったばかりの裕美は、同じ幼稚園に通う達也君がお気に入りなのだ。

絵を描きながら、よく口にする言葉。



『私、達也君と結婚する……』



「裕美、女の一生は男で決まるのよ。簡単に相手なんて決めちゃダメ! 慎重に選びなさい……」

「ん?」


あめ玉を口に入れ、不思議そうに私を見る裕美。

……そうだよね、幼稚園の子に言う言葉じゃないよね。それはわかってる。





「ねぇ、純のそろばん塾のことなんだけど、聞いてくれる?」

「それはママに任せるって言っただろ……」


なによパパ! そんなに目が離せないほど、このクイズ番組おもしろいの?


「……」


小学校2年生の息子と、幼稚園の娘。この二人は私だけの作品じゃないんですけど!

そう後ろから叫びたくなるのを我慢し、塾の申込書にサインをする。


純君のママ、裕美ちゃんのママ、板橋さんの奥様……いつから名前を呼ばれなくなったんだろうか。



『板橋ひとみ』



今、その名前を呼んでくれる人は、誰もいない。



『ミンア……』



そう、癒しで見ている韓国ドラマの中で、主人公達が哀しそうに、切なそうに

互いの名前を呼ぶことが、なぜかうらやましく思えてしまう。


……ちょっと私、疲れてる?


リビングの電話が鳴り、純が受話器を取る。お待ち下さいと言った後、ママ、と私を呼ぶ声がした。


「もしもし……」

「あ、ひとみ? 元気?」


いた。私を名前で呼んでくれる人が。学生時代からの友人、早乙女真理。

彼女は貿易会社で英語力を生かし、今もバリバリ働いているのだ。


「あのね、大宮先生が定年なんだって。で、それをきっかけに3年振りの同窓会を開こうって
連絡があったんだけど、どう? 来るでしょ?」

「……あぁ、うん」


その瞬間から、数少ないスーツが頭をグルグル回り始める。

独身時代は結構細身だった私も、結婚してそれなりに貫禄がついてしまった。

前回の同窓会で着たスーツはもう入らないかもしれない。


それに、同じ服って言うのもねぇ……。


「行けるか行けないか、今はちょっと分からないな」


時間はたっぷりあっても、経済的に即時の返答が出来ない私だった。





次の日、誰よりも早く起きて、それぞれを起こす。一番最初に家を出るのはパパ。


「同窓会?」

「うん、担任の先生が定年なんだって。それを理由に集まろうって」

「行けばいいじゃないか。別に……」

「洋服、買ってもいい?」


その瞬間、新聞から顔をあげるパパ。


「前も買ったんじゃないの? スーツ」

「あれは3年前でしょ」


それでいいんじゃないのか……と言いたげな口が開く前に先手を打つ私。


「流行遅れのなんか着ていったら、あら、板橋さん苦労してるのかしらなんて思われちゃうのよ。
あなたも嫌でしょ? ね?」

「……」





無理やり納得させるように持って行き、なんとかスーツをゲットする私。久しぶりに街へ出て、

買い物をしたら、途端に脚がパンパンになる。少しベンチで休んだ後、たまには豪華に

ランチをしてみよう、そう思ってみたけれど。



『家に帰れば、昨日の残りがあるもんね』



そう、自分を納得させて家路を急ぐ。裕美のお迎えまで後30分。結局、どこにいても私は主婦で、

母なのだ。


いつもと変わらない毎日。朝食が終われば夕食のことを考えて過ごす。

時々、クルッとみんなの方を向き、聞いてみたくなることがある。



『ねぇ、こうやって毎日頑張っている私のこと、みんな認めてる?』



実は明日は私の誕生日。何年か前までは家族全員の誕生日は欠かさず祝ってきた。

しかし、3年前に舅が亡くなり、去年は裕美がケガをして入院。

そんなことをしているうちに、すっかり誕生日は子供だけのものになっていた。

何もいらないけど、少しは気にしてほしい。そんなことを考えながらお鍋に使うネギを刻む。


「出来た……」


リビングで楽しそうに絵を描く娘。毎日のように達也君と絵を交換し合っている。

これって交換日記なのかしら。


「達也君に描いたの? 裕美」

「もう、ママ、毎日聞かないで!」


まだ、子供のくせに、時々生意気な口をきく娘。女の子は本当におませで腹立たしくなることもある。


「いってきます!」

「行ってらっしゃい」


今日もいつもの一日が始まった。洗濯して掃除して、買い物を済ませる。

時計は12時を回り、今日という日が半分過ぎた。



『誰からもおめでとうって言われてないんだけど……』



朝起きた時、学校や仕事に行く前、ほんのちょっぴりだけど期待した私。

しかし、誰からも何も言われない。



『せめてあなたと過ごしたい……』



TVをつけ、心の恋人イ・ヒョンジュと会う私。もし、生まれ変われるなら、

こんなふうにドラマチックに愛されたい……。きっと女性ならみんな一度は憧れるだろう。

まっすぐに見つめられて、真剣に愛をささやかれるのだ。



『君のために生きる……』



ドラマの主人公は、ヒロインのことをとことん愛し抜く。自分を捨ててもその人を守る。

そう、絶対に大事な誕生日を忘れたりなんてしない人達なのだ!

そう自分勝手に考えていると、フツフツと怒りがこみ上げてきた。

自分の誕生日なのに、どうしてせこせこ働かないといけないのよ! もう、いい。

今日はストライキなんだから。


「もしもし、4丁目の板橋です。6時に特上を4人前、お願いします! 二つはサビ抜きですよ」


やった、やってしまった。いつものじゃない『特上』。

これでいい、せめて私だけでも、私を祝ってやろう。





そして、6時。寿司屋が特上を運んできた。財布から特上が飛んでいく。


「うわぁい、お寿司だ! ママの誕生日だもんね……」

「エ……」


裕美の言葉に驚く私。そばで息子の純もニコニコと笑っている。


「パパがもうじきケーキ買って帰ってくるよ。朝、そう言ってたもん」


思いがけない展開に、どう反応していいのかわからなくなる私。時計が7時を指し示した頃、

子供達の言うとおり、パパが帰宅した。


手に約束のケーキを持って……。


「御誕生日、おめでとう、ママ!」

「……」


昨日描いていた絵を渡してくれる娘。


「あれ? 達也君のじゃないの?」

「ううん、これはママへ。あと、これ……」

「何?」


もう一枚の絵は、いかにも男の子のタッチで強そうに描かれている。


「達也君がママにって……」

「達也君が?」


嫁にする裕美の母に絵のプレゼント? 何、達也君って、結構世渡り上手いかも。


「……ありがとう」


でも、なんだか胸がいっぱいになる。バタバタと階段を降りてくる音がして、

息子の純がリビングへ顔を出した。


「ママ! お風呂洗ってきたよ」

「……純」

「僕のプレゼントだよ」


そでをめくり、ズボンの裾をあげ、少しだけ濡れた顔で笑っている息子。


「あ、ママ泣いてる」

「裕美……」


そばにあったふきんで思わず目を押さえる私。私だけ拗ねてズルした誕生日。

それでも楽しく笑って過ごすことが出来た。少しだけ使った食器を洗う。子供達は今頃、

眠りの中だろう。


「ワイン、飲まないか?」


冷蔵庫を開け、チーズを取り出すパパ。棚からクラッカーを取り出し、何やら動きだす。


「つまみ? 私やるわよ」

「いいよ、今日は君は楽をしないと。これくらいなら……」


そう言って包丁を手に取り、危なっかしい手つきでチーズを切り始める。


「あ……」

「ほら、だから言ったじゃない……」


予想していた通りの展開に、包丁を取りあげる私。昔から、この人は不器用なのだ。

靴を反対に履いていても気付かない時もあった。日曜大工をしようとして、

余計なところにクギを打ったこともあった。


「はい……」


つまみを作り戻ってみると、テーブルの上に細い箱が置かれていた。

包装紙に包まれ、私のことを待っている。


「プレゼント……」

「……」


椅子に座り、包装紙を開き箱を開ける。そこにはダイヤをあしらったパールのネックレスが入っていた。


「本当は結婚記念日に贈りたかったんだけど、あの時は仕事が忙しくて買いに行く余裕もなかった。
今年10年なんだよな……」


結婚10年。そうだ……私も忘れていた。


「高かったでしょ……」

「そうでもないよ。君が知っている給料しか取れないんだから……」


そう言うとそばにあった新聞を取り、読み始めるパパ。


「この間買ってきた服に似合うと思うんだけど……」

「……あ、そうね。着てみる」


私は部屋から服を取り出して、今もらったネックレスを首につけた。


「どう?」


いいんじゃないの? と言いたげな顔で笑っているパパ。


「ちょっとまた、貫禄出ちゃったよね……私……」


そう言って照れ笑いを浮かべてみる。


「いいじゃないか、それが幸せの証拠だよ……」



『幸せの証拠』



その言葉に胸が熱くなった。そう、これが幸せの証拠なんだ。

毎日みんなと明るく笑っていられることが……。


「ありがとう……」

「いや……」


ワイングラスにゆっくりとワインを注ぎ、彼の前に置く。


「乾杯!」


私はこの幸せを噛みしめながら、ワインを一口ずつ飲んでいた。



『明日から、また、頑張ろう……』



                                      piece5 へ……





しあわせ……って、人それぞれだよね

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コメント

非公開コメント

今回も心がググッとなりました。
幸せの証拠となるような日常と
すてきな誕生日。いいですねぇ。
また次回作楽しみにしています。

ありがとうございます

あじといわしさん、
コメント、ありがとうございます。

この作品は1年以上前に作ったものなんです。読み直すと、恥ずかしい気もしますが。

これからも少しずつ増やしていきますので、
よろしければ、お付き合いくださいね。