【again】 21 最後の言葉

【again】 21 最後の言葉

     【again】 21



「おおきなぁ……空だよぉ……」

「上手だな、大地君」

「ん? だって僕、歌好きだもん」


朝、突然やってきた亘に誘われるまま、絵里と大地は車に乗って出かけることになった。

季節は1月なのに、めずらしいくらいの暖かい太陽が、3人を照らす。


大地は助手席に座り、嬉しそうに歌を歌い、途中で買ったチョコレートを口に入れて笑っている。

どこかへ連れて行ってもらえるという状況だけで、すでに心は快晴のようだ。


絵里はそんな大地を後部座席から見守りながら、この外出の意味を考えていた。


自分に好意を寄せてくれている人に、中途半端な態度を見せていることが嫌だった絵里は、

今の気持ちを、正直に亘に告げようと考えながら、外に広がる景色に視線を向けた。


これから家を建てるような区画地が広がり出し、目の前に大きなマンションが姿を現した。

建設中のその建物には、白い大きな幕のようなものに、企業名がしっかりと刻まれている。



『児島建設』と『プログレス』



その文字はだんだんと絵里に迫ってくるように見えた。


「あのマンションは、うちのもので、一番下には新店舗が出来ます」


バックミラーを見た亘は、絵里がマンションを見つめていることに気付き、すぐにそう話し出す。


「児島建設は、兄の婚約者の会社です」



『もう一人の跡取りが、児島建設と婚約らしいからね……』



以前、亘の側近である前島が店へ来た時、もう一人の跡取りの相手が、児島建設だと

言っていたことを、絵里は思い出していた。あの時は、全く自分に関係のない話だと

思っていたのに、こんなふうに胸を締め付けられることになるなんて、考えてもみなかった。


「立派ですね」


亘はそう小さくつぶやいた絵里の表情を確認すると、少しスピードを上げた。

目的地の公園へ行く道は、ここだけではなかったが、気がつくとここを走り、

直斗のおかれている現実を、突きつけようとする。


「緑が丘店が出来たら、応援に行ってもらうかもしれないので。ちょっとここを通ってみました」


とってつけたような理由を言いながら、亘は自分の気持ちを、なんとか誤魔化そうとした。





「ただいま」


直斗は買い物を済ませ家へ戻ると、シュークリームの箱をテーブルに置き、

脱いだ上着を椅子にかける。


「おばあちゃんの言った通りだったよ。なんてことない小さな店なのに、人気があるんだな。
もう少し遅かったらなかったかもって……」


そう言いながら、直斗はベッドにいるハナを確認していったが、穏やかな顔で眠っている姿に

ホッとしながら、新聞受けに入っていた新聞を取った。


もう一度玄関を開け、池村家の方を見たが、戻っている気配は感じられず、扉を閉める。


「隣……遠くへ出かけたのかな。買い物とかじゃないみたいだね」


自分の行動がどこか気恥ずかしかった直斗は、独り言のようにそう言うと、新聞を広げ読み始めた。


昨日も聞いたようなニュースの紙面を、何枚かめくっていった時、気になるタイトルを見つけ、

動きを止める。



『払い下げ物件候補予定地』



この東町住宅を含んだ、払い下げ物件の候補が、小さく目立たない場所ではあったが、

発表されていた。直斗が立ち上がり窓から外を見ると、鬼ごっこをしながら走っている

子供達が目に入ってくる。



『子供って本当に限界まで遊んでくるんですよ』



大地もあんなふうに過ごしているのだろう。直斗はそんな想いを強く感じながら、

両肩を出して寝てしまっているハナに、布団をかけようとする。


「……」


動きのないハナの姿に、直斗は慌てて口元に手を持っていった。感じなければならない息づかいが、

全く感じられないことに気付き、慌てて体を揺らす。


「おばあちゃん……おばあちゃん! おばあちゃん! しっかりしろ!」


直斗は慌てて携帯を取り出し、番号を回した。


「すみません、救急車を! 救急車をお願いします! 早く!」


受け止めなければならない現実を認めたくなくて、直斗は必死に叫んだ。





「はぁ……、子供はすごいな」


亘は、大地が同じくらいの子供達の輪に入り、楽しく遊んでいるのを確認すると、

絵里の座っているベンチの横に腰かけた。


「結構体力には自信があったんですけどね、動きが速いし、予測がつかなくて」

「こんなところに来たことがないから、大地、すごく嬉しそう……」


絵里が自分の行動に笑顔を見せたことを、亘は嬉しそうに受け止める。


「篠沢さん」

「はい」


絵里は体を少しだけ亘の方へ向け、姿勢を整える。何かを話そうとしていることに気付いた亘も、

同じように絵里の方を向いた。


「今日はありがとうございました。なかなか大地と遠出することも出来なくて。
いつもかわいそうな思いをさせているので」

「そう言ってもらえたら、嬉しいです」

「でも……」


絵里は一度息を吸い込むと、余分な力を抜くように息を吐いていく。


「私は話がうまくないので、失礼な表現かもしれないですが、正直に話しますから、
許してください」

「なんだか怖いですね」


亘はそんな本音を、ポツリとつぶやいてみた。


「この間、本社で直斗さんに会うまでは、自分の気持ちなんて見ようともしてなかったんです。
でも、あんな状況で会ってみて、あらためて気づきました」

「……」

「私は、彼が好きです」


亘は、どこかでその言葉が出てくることが、わかっていたかのように、表情を全く変えないまま、

絵里の方を見つめる。


「結婚したいとか、そんな希望があるわけではないんです。ただ、出会った時は知らなかったから。
篠沢さんのお兄さんで、あんな大きなマンションを造るような、会社の跡取りだったなんて……」

「……」

「あなたにとって、どんなお兄さんなのかはわかりませんが、頑なだった私の気持ちを、
ほぐしてくれたのは彼でした。周りを見られるようにしてくれたのも、彼だったんです。
頭では現実を理解しているつもりでも、心はまだついてきてくれません。主人が亡くなって、
日々の生活に必死だったはずなのに、人を好きになる気持ちだけは、忘れていなかったみたいです」


絵里は楽しそうに滑り台を滑る大地の声に気づき、その動きを目で追った。亘に向けて話しながら、

絵里はどこかで自分に向かって語りかける。


「婚約者の方がいて、会社をこれから、継いでいくのだということはわかりました。
忘れなければならない人ですが、まだ時間がかかると思うんです」

「時間がかかることは、わかっているつもりです」


絵里の気持ちの中から、兄の存在が消えるまで、待ち続けたい。亘はそんな気持ちで、

絵里に言葉を返す。


「篠沢さん、私にはあなたも直斗さんも一緒です。ただ、出会った時から、立場を知っていたので、
頭が気持ちをブロックしてしまったのかと……。だから、待っていただいても
答えられることはないですし、逆に……」

「迷惑ですか?」

「迷惑じゃなくて……申し訳ないので……」


一人の男として絵里の心に入っていった兄と、会社の上司として目の前に現れた自分の違いを、

明らかにされたことで、今更どうしようもない過去の時間に、亘は嫉妬の気持ちが芽生え出す。


「僕が告白する度、あなたは下を向いてしまう。その顔を上げたくて、上げたくて……
また想いを重ねていって……」

「……」

「それが、重たかったんですね」


そんなふうに自分を見つめる亘に、絵里は申し訳なくなり、またうつむいてしまい、

亘はすぐにそれに気付くと、ベンチからスッと立ち上がり、大きく背伸びをする。


「下ばかり向かないで下さい。池村さんのそんな顔は見たくないんです。
僕が好きになったあなたは、いつも前を見ているから……」


絵里はその言葉に顔をあげ、応えるように亘の方を向いた。


「でも、僕も人を好きになる気持ちを、忘れることは出来ません」


絵里の気持ちは理解しながらも、すぐに切り替えられない複雑な想いを、亘は告白した。





「バイバイ、またね!」

「ありがとうございました」

「いえ……じゃあな、大地君」


一緒に昼食を取り、団地の入り口まで送ってもらった絵里と大地は、

亘の車が見えなくなるまで手を振り、ゆっくりと階段の方へ歩いていく。


「あ! 直斗だ! ママ、直斗の車だよ、ほら」


大地は304の場所にある直斗の車に気付き、すぐに階段を上り始める。

おそらく大地は隣の玄関を叩くのだろうと思いながら、直斗の声が聞こえるのではないかと、

絵里はゆっくりと歩いた。


会いたいような……、会いたくないような……複雑な想いが、一歩上がる度に

絵里の心の中で揺れる。


「ママ! 誰も出ない」


階段の上から、大地の声が聞こえ、少し安心した絵里は速度をあげ階段を上った。


「どこかに出かけたんじゃないの?」

「出かけたのかなぁ……いいなぁ……」


今、外出してきたばかりなのに、大地は置いて行かれたような寂しい顔をしながら、

部屋へ戻った。


玄関のカギをかけた絵里の動きが、一瞬止まり、病院の入院は明日だったはずなのに、

どこへ行ったのかと、何となく気になり出す。





夕食の準備を絵里が台所で進めていると、外から声が聞こえ、聞き慣れた直斗のものと、

知らない男性のものが重なっていた。なぜか胸騒ぎのした絵里は、包丁をまな板の上に置き、

しばらく考えていたが、覚悟を決め、玄関の扉を少しだけ開けた。


「ありがとうございました」

「とりあえず明日、ここへ来ますので……」

「はい……。会場の方は、集会場をお借りしようと思っています」


喪服らしい男性の姿を見た絵里が、少しだけ開けていた扉を思い切り開き、外へ飛び出していくと、

業者の人間は軽く会釈をし、階段を静かに下りていった。

何があったのか……、それを聞き出すことが怖くて、絵里はただ黙っている。


「今日の昼に……」


それだけの言葉を、絞り出すように言った直斗の声で、絵里はハナの死を知り、両手で口を覆う。


「私……」


いつもなら、毎朝声をかけるのに、今日に限って行かなかったという事実が、

絵里の心に影を落とす。


「ごめんなさい。カギまで預かっていたのに、私……、何も役に立たなくて」


申し訳なさそうにうつむいていく絵里の顔を見ていた直斗は、玄関に倒れていたほうきを、

元の位置に戻す。


「そんなことを責めるつもりはないから。池村さんには本当にお世話になったと、
祖母も思ってるはずだ」

「でも……」

「直斗だ! ねぇ、直斗」


何も知らない大地は、直斗の声に気付き、靴のかかとを踏んだままで飛び出してきた。

直斗は大地の頭を軽く叩き、挨拶をする。


「今日ね、僕、大きな公園に遊びに行ったんだよ。楽しかったからさ、
今度は直斗も一緒に行こうよ」

「大地……」


あまりにも無邪気に笑う大地の顔を見た直斗は、目に溜まりだした涙を、親指で軽く払う。


「大地、ちょっと待ってろ」


一度中に消えた直斗はすぐに戻り、手に持ってきた箱を大地に手渡した。


「あ、これ、トリプルシュークリームだ! やったぁ!」


嬉しそうに箱を抱え、大地はにおいをかごうと、フンフン……と鼻をならしている。


「おばあちゃんが、大地にって……」

「エ……本当? 僕、おばあちゃんに、ありがとうって言ってくる!」

「大地!」


すぐに中に入ろうとした大地を、絵里は言葉で止め、直斗はその動きを手で止めると、

そのまましゃがみ込み、視線を大地に合わせた。


「大地。おばあちゃんな……天国に……行っちゃったんだ……」

「ん?」

「だから、ありがとうって言っても、お返事をしないけど……ごめんな……」


少し涙声の直斗に、大地は心配そうな表情を浮かべる。


「……うん、いいよ……」


絵里は流れてくる涙を止めることが出来ずに、ただその場に立っていた。





あかりもつけない部屋の中で、直斗はハナの亡骸の前に座っていた。

この時が来るのを知っていたハナは、わざと自分を外に出そうとしたのだろう。

直斗を無条件に愛してくれた人が、また一人この世を去った。


わかっていたこととはいえ、一人で受け止めていることが辛くなり、自然と涙が頬をつたう。

これから自分は一人なのだと、じっと考えた。


台所の方から、カタン……という音が聞こえ、直斗は慌てて立ち上がる。


「……ごめんなさい、何度かノックしたんですけど」

「あ……ごめん」


立っていたのは絵里で、手に持っていたお盆をテーブルの上に置きながら、

視線を合わせることなく、直斗に問いかけてきた。


「何も食べてないんじゃないですか? おにぎりですけど、一つだけでも食べた方がいいと思って」


絵里の言葉に、直斗は昼から何も食べていないことに気付いたが、そんなことを考える余裕はなく、

空腹だと感じることもなかった。

目の前に置かれている、手作りのおにぎりとお茶が、自分は生きているのだということを

思い出させ、直斗は、湯気が出ている湯飲みを手に持ち、少しだけ口をつけた。

そのお茶の温かさと香りが、一人だと思っていた直斗の冷えた心に、優しいぬくもりを戻す。


「……ありがとう」

「いえ……」


軽く頭を下げ、出て行こうとした絵里を止めようと、直斗はすぐ声をかけた。


「大地はもう寝たの?」


絵里はその時、直斗と視線を合わせたが、すぐに外し下を向いた。


「……泣いて、泣き疲れて……さっき」


ハナの死を知り、シュークリームの箱を握りしめながら、大地はずっとここで泣いていた。

直斗は小さく何度も頷き、切ない思いをさせたことがかわいそうで、少しだけ唇を噛みしめた。


ハナの死を悲しみ、泣いてくれる人が、自分以外にもいてくれた。

そう思った直斗は、絵里の方を向く。



『おばあちゃん……俺、彼女が好きだよ……』



そう言った時、ハナはたしかに笑い、初めて直斗が素直に語ったことに、

安心したような表情を見せてくれた。


「池村さん、話があるんだ」


絵里はその言葉に一瞬動きを止めたが、すぐに無視するように扉に手をかける。


「待って、話を聞いて欲しいんだ」

「もう、いいんです……。わかってますから」


真実を知る度に、遠くなる直斗との距離。無理だとわかっているからこそ、

これ以上傷つきたくなかった絵里は、左手でドアノブをまわし、この場から逃げようとする。


その動きを見た直斗は、すぐに絵里の手を外し、部屋の中へ押し戻そうとした。

少し左にぐらついた体を、絵里は下駄箱につかまりなんとか支えたが、

目の前で、直斗がカギをかける。


「わかっているって、何をわかっているんだ。誰から何を聞いて、どう結論づけたんだ」


絵里に背を向けたまま、直斗は自分がかけたカギを見つめ、そう問いかける。


「……聞きたくないんです」

「話を聞いてくれ」

「聞きたくない……」


拒絶の言葉を背に受けた直斗は、振り返り絵里を見つめていった。


「俺の母親は……」


絵里は勝手に話し始めようとする直斗に対し、なんとかカギを開けようと、隙間に手を入れたが、

すぐに、その手をつかみ上げられる。


「また、前の君に戻るつもりなのか。自分の価値観だけで判断して、人の話を聞く余裕を持たない。
過ちを謝罪する時間も、もらえないほどのことを、俺は君にしたとは思えない」

「……」

「座れよ!」


絵里は、これ以上直斗の話を聞き、埋めることが出来ない距離を感じたくなくて、

逃げていたのだが、聞きたくない理由は、本当はもう一つあった。

そこに気付かない直斗が、じっと自分を見つめたままの、絵里の手を離した時、

つかまれていた腕には、少ししびれる感覚が残っていた。


「こんな話をするのは、最初で最後だ。だからどうしても今、聞いて欲しい。
どんなふうに思ってくれても構わない。答を出してくれとは言わない。
ただ……聞いて欲しいんだ。誤解されたまま、終わってしまうのは嫌なんだ」

「聞きたく……ない……」


伝えられない絵里の理由が、涙声に変わっていたが、それでも直斗は絵里を見つめたまま、

その場を動こうとはしなかった。

張り詰めた空気の中で、カチカチと時計だけが音を立てている。





「聞くまで君を……帰さない……」





22 想いを告げるとき へ……





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コメント

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おばあちゃんっ!!

(。´Д⊂) ウワァァァン!
ハナおばあぁぁぁあちゃん!!
直斗と絵里ママ、辛いけどハナおばあちゃんが見てくれてるからねっ!!
そう思うお話でした。
そんでもって、亘の行動が亘自身にぶしつけすぎというのがわかってもらえたようでよかった。
だけど自覚した分、逆にエスカレートしそうかな。
頭でわかってても、心はついていかないもんね。

と、昨日カキコミをした後、ぶっ倒れた私より(おなか痛い・・・おなかの風邪かな・・・?)

びえぇぇぇん

ヒカルさん、こんばんは!
昨日はお返事出来ずに、ごめんなさい。

とうとうハナが亡くなってしまいました。その出来事から、直斗は絵里の存在の大きさに気付くわけですが。


>だけど自覚した分、逆にエスカレートしそうかな。
 頭でわかってても、心はついていかないもんね。

うふふ……鋭い!
ここからの亘は変わりますよ。期待して(?)下さい。

腹痛、大丈夫ですか? うちの息子と同じ……じゃないですよね。
急にあたたかくなっても、夜は寒いです。健康には気をつけて。

はわわわわ

v-120
やっぱりハナさん・・・・。

絵里も頑張ってお話を聞いて欲しいですね。
ハナさんも見守ってくれている場所で。

大地君はこの若さで死と直面する事を2回も経験してしまい可哀想ですね。
お父さんの時は覚えていなくても、後々辛い事って沢山ある事だし。

亘さんもこれから本当に積極的になりそうですね!
負けたくないと云う思いが強いし直斗さんみたいに失って困るものもないと云う感じがして・・。
直斗さんも絵里に対しての気持ちは強いけど、今迄の踏ん張ってきた努力の積み重ねが大きいだけに、どう決断していくかがドキドキです。

しかも、絵里は結婚しないとの義理母との約束が・・・。

あららら

少女椿さん、こんばんは!


>亘さんもこれから本当に積極的になりそうですね!
負けたくないと云う思いが強いし直斗さんみたいに失って困るものもないと云う感じがして・・。


そうですよね。直斗が今まで、どう生きてきたのかを亘は知っているわけですから。

絵里の気持ちを理解したつもりでも……

……の続きを、どうか最後までおつきあいください。