【S&B】 26 アイツの目

      26 アイツの目



三田村がいなくなった車は、静かにエンジン音だけ響かせ、まっすぐ『かいづか』の

注文センターへ向かう。僕は後部座席で、会長に渡す書類の不備がないかを確認し、

あえて前の二人との距離を置いた。時折切れ切れの会話が聞こえたが、その内容を聞き取る

必要もなく、マイペースに時を過ごす。それにしても、三田村があの時出てくることなく、

この流れの中に放り込まれたのかと思うと、ぞっとした。


高橋君は大学の近くだから知っているのか、ナビを頼ることなく運転し、予定より相当早い時間に、

僕たちは目的地に到着する。京佳さんは助手席から下り、高橋君に何かを言うことなく、

建物へ入った。


「青山さん」


ほとんど無言で運転に徹していた高橋君が、初めて口を開いた。思っていたよりも男らしく太い声で、

僕の名前を呼ぶ。


「何かな……」

「青山さんは京佳のことをどう思っているんですか」


一度は車を降りようとドアノブに手をかけたが、その手を外し、高橋君の方を向く。

見るからに表情は真剣で、彼女に対する想いの深さが見えるような気がした。

逆にそうハッキリ聞いてくれた方が、変な誤解を生まずに済む。


「京佳さんは、お世話になっている方のお嬢さんだと、そう思ってますよ。
特に個人的な感情はないです。彼女がどう僕のことを話したのかは知らないけれど……」


下手な芝居などしない方がいいのだ。僕が理由で彼女は君と別れたいのではないことを、

しっかりと告げる。こんな時、変に相手を気にすることが、逆に傷つけることもあるからだ。


「そうですか……」


高橋君の少し安心したトーンの声を聞き、僕はもう一度ドアノブに手をかけ、今度は車から降りた。

ここまで連れてきてくれたことに軽く会釈をし、建物の自動ドアに僕が完全に吸い込まれた時、

エンジン音が聞こえ、彼の黄色い車はこの場所を離れた。





「予算内におさめたつもりですが、どうでしょう」

「そうね……」


いつもは明るく豪快な会長だが、書類のチェックをする時の目は本当に隙がない。

何度も通って、青山ちゃんと呼ばれるようになっても、この時間だけは緊張し唇がすぐに乾く。


「どうぞ……」


京佳さんは僕の前にお茶を置き、会長の隣に腰かけた。会長は書類を持ったまま立ち上がり、

電卓が置いてあるデスクに座り、なにやら計算し始める。


「ねぇ、稔、何か言った?」

「京佳さんのことをどう思っているのかって聞かれたよ」

「で?」


京佳さんはこの状況を楽しんでいるのか、お盆を両手で持ち、僕の方へ身を乗り出し、

次の答えを期待しているように見えた。自分の出来事を、まるで他人の出来事のように聞く姿が、

男として少し腹が立ち、彼女が持っていたお盆を取り上げ、軽く頭を叩く。


「痛い……」

「彼は真剣だよ、こんなふうに運転手にさせて、かわいそうだ。
僕は、ハッキリお世話になっている方のお嬢さんだと答えておいた」

「……エーッ、それじゃ……」


そう言いながら京佳さんの手が、僕の置いた手帳に伸びるのを感じ、すぐに右手で防御する。

二度も同じことをするなんて、なめてもらったら困る。


「あはは……気付きました?」

「これで取られたら、保護者失格でしょう」


悔しそうにした京佳さんの顔が、妙におかしかった。





会長のOKをもらい、建物を出た時には、すでに6時を過ぎていた。

母の店が閉まるのは8時なので一度会社に戻ろうかとも思ったが、

また余計なことに巻き込まれそうで、あえて直帰を選ぶ。魚沼部長は珍しく会社に残っていて、

僕が早く帰るという選択を認めてくれた。濱尾がトライした仕事は条件が厳しく、

うちとしてはなかなか難しいこと、今野が警備会社との書類を仕上げてくれたことの

報告だけ受けながら、駅へと向かう。


書店に寄り以前から欲しいと思っていた本を2冊買い、時間を確認し母の店へ向かった。

店に母がいるようなら三田村にメールだけ入れようかと、こっそり店内をのぞくと、

客二人と彼女だけが店にいた。彼女は階段を上がってきた僕には気付かないようで、

マグカップを購入した女性客の応対をする。時間を迫られて仕事をするわけでもなく、

一つずつマイペースに動く彼女の笑顔が、僕の心にスーッと風を通した。


客の波が去り、三田村がやっと僕に気付いた。ずっとそこにいたのかと手で合図するので、

何度か頷くと、彼女は少し照れくさそうに笑う。


「母さんは上?」

「いえ……業者との打ち合わせに出かけて……あ……」


三田村の視線に後ろを向くと、開いたエレベーターから母が買い物袋を1つ持ち、僕らの前に現れた。

そして、隣にはなぜか、アイツが立っている。


「あら、祐作。どうしたの?」

「うん……」


僕が三田村の方を向くと、彼女の表情から笑みが消えた。

怒られることがわかっている時の子供のように、視線が泳ぐ。


「今、下で会ったのよ浩太君と。荷物持ってもらっちゃった」

「いえ、そんな。エレベーターの前じゃないですか」


三田村がコウちゃんと呼び、彼女を突き飛ばしたまま逃げた男が、あの時とは全然違う明るい顔で、

母の隣に立っている。僕はケースから店の前に落ちていたハンカチを拾い、三田村に渡す。

ここで何かをすることはないと思ったが、あえてアイツと彼女の間に体を入れた。


「祐作、浩太君ね、三田村さんのいとこなのよ。この間、お世話になりますって挨拶してくれたの。
あ……そうそう。あのダミエケーキ好きなのよ、私、お土産ありがとうね」

「望が教えてくれたんですよ。社長があのケーキが好きなんだって……」

「いやだ、社長だなんて! ねぇ、祐作」


何も知らずに笑う母の後ろで、アイツはしっかりと三田村の方を見た。その強い視線に、

背中の後ろにいる彼女は、おそらく下を向いているはずだ。


「祐作、何か用? あ、もしかして、淳平から連絡あった? ねぇ、女だって」

「エ……あ、うん……」


兄に子供が生まれた連絡など、僕にはまだ届いてなかったが、ここはなんでもいいから誤魔化した。


「ねぇ、じゃぁ一緒に夕飯食べようよ。お好み焼きしよう! ねぇ、どう?」


母は、縁があるのだから一緒に夕食をと言い、アイツに5階の部屋へあがるように言い出した。

演技なのかなんなのか、アイツはそれはずうずうしいと何度も断る。


「コウちゃん……下で待っていて。私、仕事終わったら帰るから」


僕はその声にすぐ彼女を見ると、申し訳なさそうな顔をした三田村が、一度小さく頭を下げた。

約束を一方的に取りやめようとする彼女が、喜んでアイツと帰るようには見えず、僕は声を出す。


「彼女と一緒に食事をするつもりで、待ってたんだ、だから……」

「違います!」


僕の影にいた三田村が、主張するように前に出た。何分か前にここへ来た時、

嬉しそうに迎えてくれた笑顔が、僕の頭で崩れていく。


「エ……何? どっちなの?」

「違います。主任は私の忘れ物を届けてくれて、それで……」


三田村は僕の目を見ようとはしない。アイツが来たことで、急に変わってしまった空気は、

ますます僕を混乱させた。


「じゃぁ、甘えちゃってもいいですか? 俺も望も一人暮らしなもんで。お好み焼き……な!」

「コウちゃん……」


どうしてこんな男の存在に、三田村はこれだけ怯えるのだろう。あの時も裸足ですがりつき、

突き飛ばされてもかばっていた。


「いいですか? 主任さん……」


アイツの挑戦的な目が、その時、三田村からターゲットを僕に変えた。





27 彼女の過去 へ……




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コメント

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 こんばんわ、藍色イチゴです。
 初コメントからだいぶご無沙汰で申し訳ないです。

 二話からここまで一気に読んじゃいました。
 青山さんと三田村さんの仲が少しずつ近づいていく様子が何だか可愛く思えて癒されました。
 でも、浩太さんの存在に内心ヒヤヒヤです。
 
 4月1日から入社式を迎えるのですが、新しい環境に慣れるかどうか、不安でいっぱいです。それに向けて原付バイクの免許を取りましたが、まだ上手く乗りこなせない感じです。
 今はその特訓中ですが、生憎速度は時速25kmが限界ですね。それ以上の速度は怖くて中々出せないです。
 来週の木曜から実際に家から会社に行く予定です。取り合えず、事故らないように気をつけます。
 それではまた。

なんなんだ!

浩太、なんなんだこいつは!?祐作と望ちゃんの関係にピンと来るものを感じたのね。
挑戦的な態度、自分の方が有利なんだと印象付けたい?

京佳さんも、人の力借りないできちんと話付けなきゃダメだよ。

↑藍色イチゴさん、入社おめでとう!バイクで通勤e-215
くれぐれも事故には気をつけて!頑張ってe-271

ピカピカの……

藍色イチゴさん、こんばんは!


>青山さんと三田村さんの仲が少しずつ近づいていく様子が何だか可愛く思えて癒されました。
 でも、浩太さんの存在に内心ヒヤヒヤです。


はい、浩太の存在が、望に影を落としています。理由はこれからわかりますけどね。


就職、おめでとうございます。4月1日入社式、今からドキドキでしょうね。なんだか懐かしい(笑)。新しい環境に入るまでは、みんな一緒にドキドキしているはずですから、大丈夫ですよ。

原付バイクの練習は、今のうちにしておけば……

最初はおっかなくて出せないスピードも、だんだん……
おっと、余計なことを(笑)

バイク通勤もこれからは気分いい季節ですね。
安全運転で、頑張ってね!

はてさて

yonyonさん、こんばんは!


>浩太、なんなんだこいつは!?祐作と望ちゃんの関係にピンと来るものを感じたのね。
挑戦的な態度、自分の方が有利なんだと印象付けたい?


うーん……どうなんだろうか。
それは、次回をごらんくださいませ。

まぁ、嫌なやつだというところは、わかるだろうけど。

深読み?しすぎ???

浩太ってホントに望ちゃんのいとこなのかなあ?何だか望の態度も気になるし…。それにしても祐作ママをしっかり味方につけてるのね。ぺこすけ、ふぁいてぃんv-91

京佳さんへの対応の仕方は青山ちゃんすっごく格好良いわぁ♪ 自分の事でももっと押しを強く…期待してますよんv-10

藍色イチゴさん、就職おめでとうございます。入社式~なんて懐かしい響き☆ バイク通勤、いつも時間に余裕を持って気をつけてくださいね。

深読み、浅読みなんでもOK!

ラピュタさん、こんばんは!


>浩太ってホントに望ちゃんのいとこなのかなあ?何だか望の態度も気になるし…。

浩太はいとこですよ。ただ、望の態度には、わけがあります。v-390
それは続きを読んでから……で、お願いしますね。

京佳に対しては、なんの感情もなしですからね、だから、思い切り出られるんですよ。v-407
しかし、望に対しては……と、それも続きを(笑)