12 彼女の意地 【12-3】

【12-3】

「はい。実は、『TEA』さんと連絡を取らせていただきたいと思いまして」


伯父に『TEA』さんの連絡先を聞くことも出来るだろうが、

それでは、伯父とつながっていることを、拒絶していると取られるのではないかと、

僕なりに気をつかったつもりだった。

『TEA』さん本人にお会いして、

伯父とのつながりから発生する気づかいは結構ですといえたら、

話が早く済むと思ったからだ。


「すみません。連絡先を教えろというのは、失礼だと思うので、
今日は僕の携帯番号を持ってきました。おひまな時間で構わないので、
ご連絡をいただけたら」

「後藤歩さん……ですか」

「はい」

「歩……」

「はい」


『歩』という名前に、何か縁があるのだろうか。

支配人さんは、わかりましたと頷き、僕の番号とアドレスを折りたたむ。


「すみません」

「いえ、ただ、大変にお忙しい方ですから、すぐに連絡が入るかどうかはわかりませんが」

「もちろんです」

「そうですか。それならば、必ずご本人にお渡ししますので、お待ちください」

「はい」


支配人さんは、折りたたんだメモをスーツの内ポケットに入れると、

テーブルのそばから離れていく。

僕はビールを飲みながら、しばらく生演奏を聞き続けた。



舞台上にいる二人は、兄と妹だった。

全ての曲が終了し、これからプロとして、頑張っていくのだと宣言する。

卵たちを見守るつもりの観客からは、声援の拍手が沸きあがる。

ウエイターらしき人が舞台上の二人を、インスタントカメラで撮影し、

出来上がった写真に、二人が揃ってサインをした。

そして、『スレイド』はまた静かになる。


「お兄さん、あなたは一人?」

「……はい」


僕のテーブル隣に座っていた、少し深めの帽子を被った、品のよさそうな男性が、

自分も昔から一人でこの店へ来るのだと、そう教えてくれた。


「この店は会話を楽しむ場所ではなくて、音を楽しむ場所だからね。
一人で来るのが間違いないよ」


音楽家の卵を声援する趣旨からすると、確かにそうだろう。


「アルバムに載っている歌手もね、全て私は見続けてきたんだ」


『アルバム』

その男性が教えてくれた小さな台には、

確かにしっかりとした台紙のアルバムが置いてある。


「アルバムですか?」

「あぁ、『スレイド』を旅立った音楽家たちの歴史だ。
あれを見ると、自分の当時も思い出されるさ。成功も失敗も……」


男性は、今日はこれでとウエイターに挨拶をし、そのまま店を出て行く。

ウエイターはテーブルに残した会計表をケースから引き抜いた。

あれが『常連』のやり方なのだろう。

僕は席を立ち、男性から聞いたアルバムを開くことにした。



モノクロの写真もあって、確かに歴史が感じられる。

今では考えられないような髪形や服装で、

色々な音楽家たちの若い頃がここに納まっていた。

自分が当時、どんなことをしていたのか、関わってきた人なら、

思い出すことも出来るだろう。


「この人……」


中には、僕でも名前の浮かぶ人がいた。

さらに今でも音楽番組で見かける人もいるし、全く知らない人もいて、

その中に、『TEA』さんの姿があった。



『木下朋子(ともこ)』



写真のそばに『TEA』という名前とともに記入されている。

『TEA』さんの本名は、『木下朋子』さんと言うのだろうか。

それにしても、肩が突き出ているような上着、今では誰も着ないだろう。



『TEA 21歳』



『TEA』さんの『スレイド』との歴史は、ここから始まっているようだった。

25歳や28歳の写真もあり、そして30歳の写真で終わっている。

そういえば、『TEA』さんはアメリカに拠点を置いていたと、

椎名さんが言っていた。この頃に、向こうへ旅立ったのだろうか。

手に持っている、白いふわふわしたタオルのようなものは、いったいなんだろう。

僕は最後のページまでゆっくりとめくり、結局ビールを2杯飲んで、その日は店を出た。





4月に茂みの中から拾った子犬は、正式な誕生日がわからないけれど、

椎名さんが獣医師に見せたところ、半年にはなっているだろうとのことだった。

骨格からしておそらく中型犬と予想され、近頃はますます食べる量が増えているという。


「こら、寄るな『パール』」

「こいつ、メシもらっているんですかね」

「もらっているだろうけれどさ、人間の食べているものの方がうまいことを、
知ったってことだろ」


僕達の昼どきには、『パール』が周りをうろつくのが定番で、

奥さんが、椎名さんから食べ物を与えないでくれと言われていると釘を刺したのに、

社長はその目を盗んでは、『パール』にあれこれ食べさせている。

醤油がかかっていようが、ソースがかかっていようが、お構いなしだ。


「うわ、社長。さすがにまずいですよ、そんなにやったら」

「大丈夫だ。昔はなぁ、ドックフードなんてなくて、ご飯に味噌汁が定番だったんだ」

「でしょうけれど」


そんなだらしのないお預かりを続けているため、

『パール』はますます昼時に張り切るようになった。



【12-4】

イメージだけでは、人のことは語れない。
歩は、『その人』を少しずつ知り始め……
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