15 思いのすべて 【15-2】

【15-2】

「でも、僕とは置かれている環境も違いますし、生きていく場所が違います。
それを乗り越えるだけの覚悟が、自分自身にあるのかと……」


思いだけで何もかも乗り越えることなど、出来ない。

過去の恋愛で、それは経験した。だからこそ、僕は……


「覚悟か……。まぁ、お前がそう思うのも無理はないが、
椎名さんは、歩が思うほど堅物ではないぞ」


椎名さんのお父さん。


「彼は、自分一人で今の地位を築いた男だ。
どういう人なのか、いずれ話す機会もあるだろう」


『椎名物流』の社長。

自分ひとりで小さな輸入業者から、大きな取引をこなす企業にまで押し上げた人。

仕事の中で、色々な人と出会っては来たけれど、彼女のお父さんだと思うと、

どんな人なのか想像しようとしても、ふっと消されてしまう。


「遥さん、家に戻ってきてから、ほとんど部屋を出ていないそうだ。
前向きに明るくなっていただけに、どうしたのかと、椎名さんも心配されていた」

「歩、遥ちゃんに電話でもしてあげたらいいわよ」

「電話……」

「そうよ。遥ちゃん、きっと喜ぶから」

「そうだ、そうだ。また、『パール』を連れてこいって言ってやれ、歩」


社長はそういうと、昼間に『パール』がいないと、

食事も美味しくないと笑い出した。

奥さんは、人間の食べ物を与えてはダメだと言ったのにと怒り出す。


「お前の気持ちで動きなさい。
誰に遠慮することもないし、余計なことは考えなくていい」

「伯父さん」

「お前が、自分の境遇を気にするのなら、いつでも私が間に入ろう」


思ってもみない言葉だった。

伯父は、椎名さんを拓の相手と考え、

僕の気持ちなど不必要なものだと、バッサリ切られるはずだと、常に思っていた。


「さて、それでは私はこれで」

「あ……すみません、お茶しか出さずに」

「いえ、十分です」


伯父は、そういうと出されたお茶を飲み干し立ち上がる。

すれ違う時、僕の肩をポンと軽く叩き、少しだけ微笑んでくれた。

言葉ではなかったけれど、

それだけで今までの出来事が流れていくように思えてくる。

外で待っていた延岡さんが、後部座席の扉を開けた。


「伯父さん」


僕は、色々な意味を込めて、ただ頭を下げた。

椎名さんへの拓の思いは、父親としてわかっているだろう。


「色々と迷惑をかけて、すみません」


僕のセリフに、伯父の言葉は重ならず、

道路を走り去る他の車の音が、耳に届いては消える。


「歩……」

「はい」

「お前と関わって、迷惑と思ったことは一度もない」


伯父さん……


「今度、一緒に食事でもしよう」

「……はい」


父ではないのだけれど、伯父の背中は、僕にとって父の背中を思わせるものだった。

大きく広く、そして強さの中に温かさがある。

僕は返事だけをした後、伯父が工場を出て行く姿を最後まで見届けた。





『MORINAKA』の仕事は、これまで通りになった。

栗丘さんも赤石さんも、そして社長夫婦も笑顔で昼食を迎える。

そして……


「どう? 連絡ついた?」

「連絡? どこにですか?」

「何を言っているのよ。遥ちゃんよ、遥ちゃん」

「あぁ、まだ何もしていません。今はきっと仕事中ですから」

「エーッ、冷たいわね歩。仕事中でもメールは打てるでしょう。
歩が『待っている』ってメールをしたら、遥ちゃん、松葉杖で一生懸命来てくれるわよ」

「おいおい、お前が焦らせるなよ」

「だって……」


成り行き上、社長夫婦の前で、僕は椎名さんを好きだと言ってしまった。

落ち着いて考えてみると、恥ずかしさで顔が赤くなる。


「こんななぁ、邪魔な社長夫婦がいる事務所になんて呼ばないんだよ。
二人っきりで会える場所で会うんだよな、歩」

「邪魔って何よ」

「あ……電話ですよ、電話」


奥さんは、社長のセリフが気に入らないと言いながら、受話器を取った。

どうも仕事の依頼らしく、手帳を目の前に置き、ペンを探している。

僕は、斜め前にあったボールペンを、奥さんに渡した。


「はい、ありがとうございます。車検の予約ですね」


いつもと違う、朝を迎えた僕らの仕事場は、またいつものような時間を取り戻した。





仕事を終えてシャワーを浴びた後、僕はロッカーの前で脚立に腰をかけ、

椎名さんにメールを打った。



『足の具合はどうですか? 早く怪我を治して、みんなが楽しみに待っているから、
また『パール』と一緒に顔を見せてください』



『みんな……』

そう、みんな椎名さんと『パール』を待っている。

いつの間にか、そこにいてくれるのが当たり前になっていた。

僕は左手でカーソルを戻し、言葉を消していく。



『……僕が楽しみに待っているから……』



『違う世界』にいるかもしれないけれど、その世界同士は、切り離されてはいなかった。

彼女の勇気と素直な思いに、僕も壁を飛び越える気持ちになれた。

迷っていた感情を通り過ぎると、そばで姿を見られない今の状態が、

ひどく寂しいものに思えてしまう。

出来ないことを、少しずつ覚えていこうとする椎名さんのように、

僕も現状に満足せず、『一歩』進もうとそう気持ちが動き始める。


この工場が好きで、働くみなさんが好きで……

この場所で、事故を無くすために毎日頑張っていけるという幸せを、

もっと心に強く感じて生きたい。


「待ってるから……」


僕は椎名さん宛てのメールを作り終え、送信ボタンを押した。



【15-3】

初めて見た時から、僕は君に惹かれていた。
思いを送り出した歩に、新しい風が吹き始める……
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