15 思いのすべて 【15-3】

【15-3】

僕が彼女にメールを送ってから2週間後の土曜日、

『半田自動車工場』には、持ち込まれた修理の車が3台並んでいた。

季節が冬に向かうと、バッテリーの異常などが起きて急に車が動かなくなることがある。


「歩、どうだ」

「終了です。エンジンの調子も確認しました」

「よし、社長に認めを押してもらってくれ」

「はい」


事務所の中にある時計を見ると、そろそろ午後2時になろうとしていた。

椎名さんはマンションに戻ってきただろうか。


「社長、すみません、確認で印をお願いします」

「おぉ、了解」

「歩、歩……」

「はい」


奥さんは母屋の方から出てくると、机の上に風呂敷包みを置いた。


「はい、これ持っていって」

「これ……何ですか」

「これは『お赤飯』です。今日は遥ちゃんの怪我の完治と、それから再出発と、
それから……」


奥さんは、僕の方に風呂敷を押し出してくる。


「歩が、これからもっともっと成長するであろう、スタートの日だもの」


『スタートの日』

待っているとメールを打ったけれど、まだきちんと話してはいない。

煮え切らない態度に、椎名さん自身に愛想をつかされた心配はあるけれど。


「……はい」

「ほら、行って来なさい」

「いや、まだ仕事が」

「いいから、いいから。これは私からの依頼だって」


何か荷物があるのなら、僕が運んであげたいという思いも確かにあり、

遠慮なく風呂敷を受け取ると、僕は自転車にまたがり、マンションへ走った。

『パール』はまた、大きくなっただろうか、

僕のことを忘れずに、尻尾を振ってくれるだろうか。

心配と期待が混ざりながら、最後の角を曲がる。

すると、マンションの前には、1台の車が止まっていた。

最初にここへ越してきたときと同じように、彬さんが付き添っているのかもしれないと、

僕は3階の部屋を見上げる。

バタンという音が聞こえ、車の方を見ると、一人の男性と目があった。


「あ……」


椎名さんのお父さん。

会うのは初めてだけれど、それはすぐにわかった。


「君は……」

「はい。後藤歩と申します」


お父さんが来ているとは思わなかった。

作業の途中で抜け出てきたので、服装も作業着のままだ。


「あ……後藤さん!」


上から声がしたので顔を上げると、元気そうな椎名さんが手を振っていた。

その後、少し遅れて彬さんが窓から顔を出す。

僕はその場で頭を下げた。


「……君か」


椎名さんのお父さんは、リモコンで車の鍵を閉める。


「後藤君」

「はい」

「君は、森中社長の甥になるのだろう」

「……はい。僕の母の兄が、森中の伯父になります」


表情はきついものではなかったが、視線の鋭さに鼓動が速まった。

いいものと悪いものを見極めているような、そんな気がしてしまう。

椎名さんのお父さんには、僕はどう映るのだろう。

鼓動だけがどんどんと速くなる中、僕は次の言葉を待つ。


椎名さんがもう一度、一人暮らしを始める日に、

僕はお兄さんだけではなく、お父さんと会うことになった。

『椎名物流』の社長。


「後藤君は、『半田自動車工場』の整備士だそうだね」

「はい」

「なぜ、整備士に?」


僕が整備士を目指した理由。

それは今も変わらない思い……


「中学2年の時に、両親を事故で亡くしました。
相手は、定期点検も整備もしない車を乗り回し、ブレーキのきかない状態で、
事故を起こしました。車は便利な乗り物ですが、きちんとメンテナンスをしなければ、
人の命を奪う凶器になります。僕は、自分が整備士になることで、
両親のような不幸な事故を減らしたいと思い、今も先輩方の指導を受けています」


今も昔も、僕の思いは変わっていない。

誰かに言われたからではなく、僕は僕自身でこの仕事を選んだ。

子供として、何もしてやれなかった両親に対する、せめてもの親孝行。


「そうか……」

「はい」


椎名さんのお父さんは、オートロックの玄関前に行き、扉を開けた。

褒めてもらおうなどと思っていたわけではないけれど、

何も反応がないのは、正直気になってしまう。

僕の気持ちは、きちんと伝わったのだろうか。


「後藤君」

「はい」

「君も上に行こう」


このまま椎名家の揃っている場所に、僕が入っていいのだろうか。


「何かすぐに戻らないとならない事情でもあるのかい?」

「あ、いえ……そうではなくて」

「それならそうしてくれ。見ただろう、君を呼んだ遥の顔を。
あんなに嬉しそうな顔をされたら、親としては笑うしかないよ」


椎名さんのお父さんは、その時、少しだけ微笑んでくれた。



【15-4】

初めて見た時から、僕は君に惹かれていた。
思いを送り出した歩に、新しい風が吹き始める……
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