15 思いのすべて 【15-4】

【15-4】

僕は存在を認めてもらえたという満足感で一杯になる。


「整備士か、うん……いい仕事だ」

「ありがとうございます」

「真剣に仕事と向き合って、努力をし続けなさい。
満足感を得られるのは、努力を怠らない人間だ」

「……はい」



『歩が思うほど堅物ではないぞ』



伯父の言葉を思い出しながら、僕は前を行く人の背中を追い続けた。





「うわぁ……すごい」


3階に入り、奥さんから持たされた風呂敷を渡す。

椎名さんはそれを開けて、美味しそうだと喜んでくれた。

赤飯の香りが、僕の鼻まで届いてくる。


「こんなことまでしていただいて、申し訳ないな」


彬さんも、まだ作りたての赤飯を見ながら、そう言った。

社長も奥さんも、こういう人なのだ。

関わってくれた人が、幸せな顔をする。それが自分たちの幸せだとそう思っている人。


「お父さん」

「なんだ」

「『半田自動車整備』のみなさんには、いつもお世話になっているの。
せっかくだから、帰りに挨拶してくれるでしょ」

「ここまで来たのだから、もちろん行かせてもらうよ」

「ありがとう。社長も奥さんも他のみなさんも、とってもいい人たちなの」


椎名さんの足から、包帯はすっかり消えていた。

歩く姿を見ても、引きずるようなことはなく、本当に治ったのだとほっとする。

今日は、椎名さん自身をここに運ぶのが目的だったのか、

それほど荷物の移動はない。


「父さん、半田さんにご挨拶して帰りましょう。
今日は花岡さんとの打ち合わせがありますし」

「あぁ、そうだな」


彬さんが立ち上がり、続けてお父さんや椎名さんも立ち上がる。

時間は3時を回っていた。

今頃、うちではお茶を飲んでいる時間だろう。

赤石さんあたりが、ソファーに寝転がって、いびきでもかいていなければいいけれど。


「あ、そうだ。君も車に乗っていけばいい」

「ありがとうございます。でも僕は自転車でここへ来たので、それで戻ります」

「自転車」

「はい」

「あ……それなら私も一緒に行きます」


椎名さんは、以前、地域の運動会に向かうとき、

自転車の後ろに乗せてもらったことを話し出す。


「いや、今日は辞めておいた方がいいよ。せっかく足が治ったのに、
もし、僕がバランスでも崩したら大変だ」

「平気です。後藤さんの運転を信頼してますから。それに、自転車の後ろって、
すごく気持ちがいいし……」

「いや、そういうことではなくて……。本来なら警察に怒られることなんだ」

「怒られる?」

「うん。自転車の二人乗りはまずい」

「そうなの?」

「うん」

「でも、この間は?」

「あれは、リレーが迫っていたし、
椎名さんは土地勘がないのに、置いていくのは悪い気がして急遽そうしただけで……」


そう、悪いことだとわかっていたけれど、そうせざるをえなかったというだけ。


「コホン!」


咳払いが響き、僕と椎名さんは揃って音の方を向いた。

彬さんが口元をゆるめた後、大きく息を吐く。


「遥。お前はすっかり忘れているな、兄と父親がここにいること」

「……違うわよ、お兄ちゃん。忘れていないけれど……」

「いやいや、忘れていなければ、普通、車で来ている親がいるのに、
自転車の後ろに乗ることを選択するのか? 車に乗るだろう」


椎名さんは、その追求がもっともだと思ったのか、

荷物の中から、挨拶に持ってきたというお菓子を取り出し、

『半田自動車整備』に行こうと慌てだす。

彬さんは、そんな椎名さんをからかいながら下へ降り、

僕とお父さんもその後に続いた。


「後藤君」

「はい」

「私たちが帰った後、君はどうするつもりだ」

「どうする……」

「うん」

「僕は仕事がありますので……」

「そうか、それならいい」


階段を下りながら、どういう意味だろうかと考えてみる。


「君の遥への思いを、信頼させてもらうからな」



彼女への思い……



「はい……」

「ここへ、二人で戻ってこないように」

「……は?」


椎名さんのお父さんはそういうと、笑いながら僕の肩を何度か叩いた。



【15-5】

初めて見た時から、僕は君に惹かれていた。
思いを送り出した歩に、新しい風が吹き始める……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント