僕は存在を認めてもらえたという満足感で一杯になる。
「整備士か、うん……いい仕事だ」
「ありがとうございます」
「真剣に仕事と向き合って、努力をし続けなさい。
満足感を得られるのは、努力を怠らない人間だ」
「……はい」
『歩が思うほど堅物ではないぞ』
伯父の言葉を思い出しながら、僕は前を行く人の背中を追い続けた。
「うわぁ……すごい」
3階に入り、奥さんから持たされた風呂敷を渡す。
椎名さんはそれを開けて、美味しそうだと喜んでくれた。
赤飯の香りが、僕の鼻まで届いてくる。
「こんなことまでしていただいて、申し訳ないな」
彬さんも、まだ作りたての赤飯を見ながら、そう言った。
社長も奥さんも、こういう人なのだ。
関わってくれた人が、幸せな顔をする。それが自分たちの幸せだとそう思っている人。
「お父さん」
「なんだ」
「『半田自動車整備』のみなさんには、いつもお世話になっているの。
せっかくだから、帰りに挨拶してくれるでしょ」
「ここまで来たのだから、もちろん行かせてもらうよ」
「ありがとう。社長も奥さんも他のみなさんも、とってもいい人たちなの」
椎名さんの足から、包帯はすっかり消えていた。
歩く姿を見ても、引きずるようなことはなく、本当に治ったのだとほっとする。
今日は、椎名さん自身をここに運ぶのが目的だったのか、
それほど荷物の移動はない。
「父さん、半田さんにご挨拶して帰りましょう。
今日は花岡さんとの打ち合わせがありますし」
「あぁ、そうだな」
彬さんが立ち上がり、続けてお父さんや椎名さんも立ち上がる。
時間は3時を回っていた。
今頃、うちではお茶を飲んでいる時間だろう。
赤石さんあたりが、ソファーに寝転がって、いびきでもかいていなければいいけれど。
「あ、そうだ。君も車に乗っていけばいい」
「ありがとうございます。でも僕は自転車でここへ来たので、それで戻ります」
「自転車」
「はい」
「あ……それなら私も一緒に行きます」
椎名さんは、以前、地域の運動会に向かうとき、
自転車の後ろに乗せてもらったことを話し出す。
「いや、今日は辞めておいた方がいいよ。せっかく足が治ったのに、
もし、僕がバランスでも崩したら大変だ」
「平気です。後藤さんの運転を信頼してますから。それに、自転車の後ろって、
すごく気持ちがいいし……」
「いや、そういうことではなくて……。本来なら警察に怒られることなんだ」
「怒られる?」
「うん。自転車の二人乗りはまずい」
「そうなの?」
「うん」
「でも、この間は?」
「あれは、リレーが迫っていたし、
椎名さんは土地勘がないのに、置いていくのは悪い気がして急遽そうしただけで……」
そう、悪いことだとわかっていたけれど、そうせざるをえなかったというだけ。
「コホン!」
咳払いが響き、僕と椎名さんは揃って音の方を向いた。
彬さんが口元をゆるめた後、大きく息を吐く。
「遥。お前はすっかり忘れているな、兄と父親がここにいること」
「……違うわよ、お兄ちゃん。忘れていないけれど……」
「いやいや、忘れていなければ、普通、車で来ている親がいるのに、
自転車の後ろに乗ることを選択するのか? 車に乗るだろう」
椎名さんは、その追求がもっともだと思ったのか、
荷物の中から、挨拶に持ってきたというお菓子を取り出し、
『半田自動車整備』に行こうと慌てだす。
彬さんは、そんな椎名さんをからかいながら下へ降り、
僕とお父さんもその後に続いた。
「後藤君」
「はい」
「私たちが帰った後、君はどうするつもりだ」
「どうする……」
「うん」
「僕は仕事がありますので……」
「そうか、それならいい」
階段を下りながら、どういう意味だろうかと考えてみる。
「君の遥への思いを、信頼させてもらうからな」
彼女への思い……
「はい……」
「ここへ、二人で戻ってこないように」
「……は?」
椎名さんのお父さんはそういうと、笑いながら僕の肩を何度か叩いた。
【15-5】
初めて見た時から、僕は君に惹かれていた。
思いを送り出した歩に、新しい風が吹き始める……
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15 思いのすべて 【15-4】
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