15 思いのすべて 【15-6】

【15-6】

「色々と、ごめん」

「どうして謝るのですか」

「いや、君に辛い判断をさせたのも、こうして事が複雑になったのも、
僕自身に強さがなかったからで」


そう、僕に色々な意味で、強さがなかった。

『何もない日々』に慣れてしまっていて、立ち向かうことから逃げていた。


「兄に、私の話を聞いたそうですね」

「あ……うん」


その日の仕事を終え、僕は着替え終えると、『パール』のリードを持ちながら、

椎名さんを送ることにした。事務所の中では、誰かしらがいるため、

ゆっくり話しも出来ない。


「私も昔はそうでした。言いたいことも言えないし、話さないとならないことも、
なかなか口に出来なくて」

「うん」

「これからは、後藤さんに頼りますから」


『頼ります』というセリフが、信頼と責任の裏返しになる気がして、

気持ちがグッと引き締まる。


「うん。荷物運びくらい出来るから、無理して重いものを運んだりしないように。
そう、買い物。米とかペットボトルとか、重たいものを買うと運ぶのが大変だろう」


そう、祖母に持たせるのは大変なので、その辺の買出しはいつも僕の仕事。


「それは大丈夫です」

「大丈夫? また遠慮?」

「いえ、遠慮ではありません。重たいものは全て、ネットで購入しています」

「……ネット?」


椎名さんは、生活用品を買って、

家まで届けてくれるシステムがあることを教えてくれた。

確かに、通販で購入すれば、玄関前まで運んでくれるのが当たり前だ。


「そう……」

「はい」


男として、存在感をアピール出来そうだったのに、なんとなく拍子抜けしてしまった。

あと、他に出来ることは何かあるだろうか。

一人暮らしをする彼女を支えてあげられる、何か。


「後藤さんは、後藤さんのままで大丈夫ですから。
何も出来なくて、勉強しないとならないのは私のほうです。あの日……」



あの日……



「あの日って?」

「あの炊飯器の日です。
私、ご飯が炊けなくて、おにぎりも握れなかったことがとても恥ずかしくて。
後藤さんが、私の握ったものを食べてくれたときも、申し訳ない気持ちがいっぱいで。
それに……」

「それに……何?」

「……負けたくないなって」


誰に負けたくなかったのか、それは聞かなくても明らかだった。

確かに、料理が得意なちふみと、椎名さんの違いはあるだろう。

でも、彼女には全く違う魅力がある。


「料理はやればうまくなるものだって、いつも祖母が言いますよ」

「やれば……ですか」

「はい。分量も感覚でこなせるようになると、身についたとなるそうですよ」

「……うーん」

「大丈夫ですよ」


そう、きっと大丈夫だ。

彼女なら、そう遠くないうちに、美味しいものを食べさせてくれる気がする。


「楽しみに待ってますから」

「……はい」


楽しい話をしていると、10分程度の時間は、あっという間だった。

マンションの入り口が見えたとき、椎名さんのお父さんが言ったことを思い出す。


「まずいな、早速約束を破っている」

「約束?」

「はい。さっき、ここを出る前に、二人で戻ってくるなと言われたから」

「誰にですか?」

「お父さんに」

「父がそんなことを?」

「うん」


椎名さんは、失礼なことを言ったと、少し怒った顔をしたが、

すぐに笑い出してしまう。僕も彼女の笑顔が嬉しくて、自然と笑顔になった。


「大きな会社の社長さんだと思っていたけれど、
お話をさせてもらって、緊張が無くなりました」

「そうですか。家でも父はいつもそうなんです。言いたいことを言って、
やりたいことをやって」

「でも、いいお父さんとお兄さんです」

「はい。私にとっては友達のような、親と兄です。
怒られてもあとに引かないというか、さっぱりさせてくれるので……」


椎名さんは、お父さんが趣味の釣り道具をいじり始めると、

子供のように部屋から出てこないこと、そんな父親を呆れた目で見ている兄も、

プラモデルを作るのが趣味で、同じようになってしまうことを楽しそうに話してくれた。


「友達感覚かぁ……うらやましいな」

「そうですか? うちはしっかりした母がいるから成り立っているのだと思います。
母がいなかったら……」


そこまで楽しそうに話をしていた椎名さんは、言葉を途中で止めてしまった。

明るかった笑顔が、下向きのものに変わってしまう。


「どうしたの?」

「いえ……」

「何かあった?」

「いえ、私、一人で親や兄のこと……」


そうだった。

彼女は、僕の両親がどういういきさつで亡くなったかを知っている。

『うらやましい』とつい、言葉を出してしまったが、気にしただろうか。


「うらやましい……ごめん、僕の本音なんだ」

「……はい」

「椎名さんのお父さんを見ながら、僕の父も生きてくれていたら、
あんなふうに語り合うことがあったかなって、そう思って」


男として、互いの立場を尊重し、語り合うこと。

一度でいいからしてみたかった。


「うらやましいのは本音だけれど、椎名さんの話を聞いていて、
嫌だとかそういうことはないんだ。ほら、前にも言ったよね。
『TEA』さんのコンサートの帰り、君に親のことを聞かれて、
色々と話してしまったけれど、あの時と一緒だ。話せること、口に出せることが、
今の僕にとっては、本当に嬉しいことなんだよ。
だから、遠慮なんかしないで、話してくれていいから」

「……はい」


マンションの前に立ち、『パール』のリードを椎名さんに手渡した。


「こうしてまた、君と話すことが出来るようになって、本当によかったと思ってる」

「はい」

「頼りない男ですけど、付き合ってやってください」


長い間、心の中を駆け巡っていた思いを、やっと前に出すことが出来た。


「……はい」


椎名さんの優しい笑顔と、尻尾を振り嬉しそうな『パール』の顔がそこにあった。



【16-1】

初めて見た時から、僕は君に惹かれていた。
思いを送り出した歩に、新しい風が吹き始める……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント