18 分かち合い 【18-4】

【18-4】

椎名さんの一喝が利いたのか、不満を口にしたことで気持ちが変わったのか、

生田は少しずつまともになった。

言われたことだけを追っていた日々から、先を見越して動くようになる。

栗丘さんも、生田の器用さに驚きの声をあげた。


「俊祐の実習の頃に比べたら、まぁ、雲泥の差だな」

「栗丘さん、それはかわいそうですよ、あいつが」

「あいつが?」


赤石さんは、弁当を広げながら、自信満々に頷いたが、

空気の流れが思うものと違うことに気付き、少し周りを気にし始める。

僕はすぐにわかったので、あえて目を合わせないように下を向くことにした。


「俺、雲ですよね」



天を示す『雲』と地を示す『泥』



「俊祐、お前、俺にここで言わせたいのか……」

「いえ、いいです」


確かに栗丘さんの言うとおり、生田は本当に器用だった。

僕が何年もかけてマスターしたような作業でも、あいつはそつなくこなしていく。

10日もすると、完全に戦力の様子を見せ、社長もご機嫌に新聞を読んでいた。


「そうですか」

「あぁ、椎名さんに言われたことが大きかったんだろうな」

「私……ですか」

「うん」


いつものように事務所に顔を出した椎名さんと、少しだけ日々の話をする。

互いの仕事がどういう状況だったのか、たわいもない話題で笑い会えるのが、

今は本当に楽しく思えてくる。


「あいつ、出来のいいお兄さんがいるんだって。長男なのに実家を継ぐことなく、
好きな勉強をして出ていったことが、ちょっと気になっているみたいだ。
兄弟がいると、そういうふうに考えるのかな、親の愛情を比べるというか……」


僕は一人っ子だったので、親の愛情を比べる相手がいなかった。

その親も愛情も、複雑な中にあることを、この間知ったばかりだけれど。


「そうだったのですか。私、ただグチグチ言っているだけだと思って……。
つい……」


『パール』はソファーで寝転びながら、一度大きなあくびをする。


「うちは、男と女だからですかね、あまりそういうことを考えたことはなくて。
ただ、寮生活が辛かったときには、どうして私だけこんな生活をするのかなって、
ずっと考えたりしていました」


椎名さんの横顔を見ているだけで、声を聴いているだけで、幸せだと思えた。

今なら、話せるようなそんな気がしてしまう。


「椎名さんは『A』だって言っていたよね」

「……あ、血液型ですか?」

「うん」

「はい。『A』と後藤さんは相性が悪いって書いてありましたか」


血液型占いなど、信じないのだと言っていたはずなのに、

何やら心配そうな顔がそこにあった。


「『血液型占い』は信じないって言わなかった?」

「……悪いのなら、信じません」

「僕は『O』型なんだ」

「あ、『A』と『O』はいいでしょ、確か」


椎名さんは急に嬉しそうな顔をして、納得するように手を軽くたたく。


「信じないんでしょ」

「よければ信じます」

「勝手だな」

「いいのです」


僕は、亡くなった父親の血液型が『AB』であること、

母の血液型が『A』であることを話した。

『パール』がいる場所の反対側に座り、祖母が入院した日、

事故の報告書に書かれていたのだと、補足する。

それまで、笑っていた椎名さんの表情が、変わった。


「亡くなった二人は、本当の親ではなかった。それをこの間、奥さんから聞いたんだ。
おかしいなと思った僕が祖母に問いかけたけれど、祖母は話しきれないと、
奥さんにバトンタッチして、それで、事実を知った」


『パール』は目を開け、軽く体を伸ばすような仕草を見せた。

軽い話ではないし、内容が内容だ。正直、どう言葉を返すべきなのか、

彼女を困らせてしまったかもしれない。

僕は『こんな話ばかりでごめん』と謝罪し、椎名さんは黙って首を振る。


「事故のことも、この話も、君には聞いても辛い話なのだろうけれど、
これ、強がりでもなくて、君に聞いて欲しくて話しているんだ。
全ての過去が僕自身で、君には、色々なものを共有して欲しくて、
それに何より、こうして聞いてもらえることが、僕自身を落ち着かせてくれるから」

「落ち着かせる?」

「うん……誰にでも話せることではないし、話したいことでもない。
でも君には知って欲しい」


君……

いや、そうじゃない。

僕は彼女の目を見ながら、その先の言葉を口にする。


「遥さんになら、全てを知ってもらいたいと思うから……」


そう、彼女になら、何もかもを知って欲しいとそう思えるから。

僕を僕自身のままで見てくれる人だからこそ、隠し事はしたくない。

僕は、奥さんから聞いた話をさらに語り、遥さんは頷きながら受け入れてくれる。


「だから、本当の親がどこにいるのかも、誰なのかも結局はわからない。
社長たちには、もう十分だと言ったけれど、本音は気になっているんだ。
でも、今は探す手立てもないし、それに……」

「それに?」

「探すということは、育ててくれた亡くなった両親に対して、申し訳ない気もして」

「……うん」


『親』はあの二人以外にありえない。


「僕にとっては、これからも亡くなったあの二人が親で、
いつも家で待ってくれている人が、祖母なんだって、思い続けていたいから。
だから、心が好奇心を手放すのを、待っている」

「好奇心を?」

「うん」


これからも決して変わるまい。

何が起こっても、どこかで真実を知ったとしても、

僕は『後藤克信』と『後藤景子』の息子。

事実だからとって、全てを抱え込むことはないはず。


「生きているって、楽しいことばかりではないですね」

「……うん」

「でも、辛いお話だからこそ、こうして私に話してくれていることが、
とっても大切なことのような気がします」


そう、誰にでも語れる話ではない。

語った内容を、一緒に受け止めてくれる人でなければ意味がない。


「私は聞くだけで、何もしてあげられないけれど、
あなたを知ることが、何よりも嬉しいから……
話したいことは、どんなことでも遠慮しないで話してください。
泣いたり、笑ったり、そんなことなら一緒にしてあげられます」

「……ありがとう」


僕は『偶然』の中に生きてきたのだと、あらためてそう思った。

あの二人の子供になれたことも、こうして彼女と知り合えたのも、偶然なのだけれど、

それは、きっと……



用意されていた、『偶然』。



僕は遥さんの肩に触れ、少しだけ体をこちらへ向けた。

そして、思いを込めたキスをする。


失ったものも大きいけれど、それ以上に支えてくれる人がいることの悦びが、

僕の全身を包み込んでいった。

唇を離した後、少し恥ずかしそうにうつむく彼女の背中に、そっと触れる。



優しい香りが、不安や嘆きを鎮め……



僕は、そっと寄りそう彼女の仕草が愛しくて、もう一度首筋にキスを落とした。



【18-5】

会えなくなったから、思い出は綺麗なのだろうか。
時間を振り返りながら、歩は今を歩き出す。
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