19 親子の絆 【19-2】

【19-2】

「おはよう」

「おはようございます」


12月に入ったため、生田の実習も残り少なくなった。

面と向かってケンカをふっかけてくるわけではないが、どこかに壁がある状態は、

最初からずっと変わらない。


「栗丘」

「はい」

「今日は一日、生田とペアで仕事を進めてくれ」

「はい」


実習の仕上げという意味もあるのだろう。栗丘さんが生田の帽子を軽く叩き、

生田は無言で頭を下げた。僕は駐車場で扉を傷つけた車を担当し、

赤石さんは、磨耗したクラッチ部分を取り替える作業をすることになる。


「一日、怪我のないように頼むね」


奥さんの声がかかり、『半田自動車整備』の一日が、またスタートした。



『あらあら……どうしてこんなことをするの、歩』



いいとか悪いとかは別にして、『なぜだろう』、『どうなるのだろう』と思ってしまうと、

好奇心が止まらなくなることが、昔からあった。

なぜ音がするのか、どうして飛び出すのか、

それを知りたくなり、壊したおもちゃもいくつあっただろう。

時間がどれくらい経ったとか、そんなこともきにならないくらい集中できるのは、

今も変わらないかもしれない。

傷がついた部分を補修剤でしっかりと埋め込み、細かくプレスをかけながら、

ゆがんだ部分を直していく。

『これでいい』と思い、作業を止めてもいいのだろうが、

もう少し先に答えがあるような気がして、予定よりも少し時間がかかった。


「あぁ……腹減りました」

「……だな」


それぞれが持ち場から離れ、昼食の準備に取りかかる。

栗丘さんと戻ってきた生田が、いつものように見事な弁当を取り出したとき、

奥さんがひとりの女性を連れて、事務所に顔を出した。


「あ……」


その女性は、生田の母親だった。生田が実習をしていることを知り、

一度挨拶にと思い、新幹線に乗り東京へ出てきてくれたという。

気まずそうな生田の顔からすると、この挨拶は予定外のことなのだろう。


「お世話になります。生田寛一の母です」


同じ商売をしているというだけあって、明るそうな人だった。

くつろぎ体制だった僕達は、揃って頭を下げる。


「休憩中に申し訳ありません。お仕事の邪魔になりますから。ご挨拶だけして、
すぐに失礼いたします」


奥さんが、栗丘さんが指導していたと話すと、

生田の母親は、ありがとうございますと頭を下げ、その様子を聞き始める。


「仕事はとても器用にこなします。
整備士が持っていた方がいい要素もたくさん持っています。ただ……」

「ただ……」

「面倒だとか、疲れたという態度が、顔に出ますね」

「あぁ……はい。家でもすぐに父親とぶつかるものですから」

「そうですか。まぁ、こいつくらいの時は、そうでしょうね」


栗丘さんは母親の方を見ることもせずに、もくもくと食事をする生田の顔を覗き込んだ。

生田は途中の弁当箱を閉めると、席を立ち上がる。


「タバコ買ってきます」

「……寛一」

「なんだよ、来なくていいって言っただろ。用事が済んだらさっさと帰れって」


生田はそういうと、作業服のポケットに手を入れたまま、

事務所を出て行ってしまった。奥さんは、恥ずかしいのでしょうと言いながら、

生田の母親にお茶を勧める。


「あの……」

「はい」

「一つだけ質問してもいいですか?」

「はい、何か」


赤石さんは、生田の母親に対して、どうして『寛一』なのかと問いかけた。

栗丘さんは何を言っているんだと笑ったが、僕もその理由が知りたくなる。


「生田って次男ですよね、寛一って聞いたとき、てっきり長男かなと思って……」

「あぁ……はい」


『名前の由来』

響きで決めることもあるだろうし、

好きなタレントや俳優から字をもらうこともあるだろう。

僕の『歩』という名前の由来も、この間、奥さんから聞いたばかりだ。



『一歩ずつ前に進めるように』



「はい、寛一は次男です。私はもっと別の名前にと思っていたのですが、
主人が『一』をつけろと」

「あら、ご主人が?」

「えぇ……。長男の名前が『憲一』で、
次に生まれたのが女の子なら別の名前もいいけれど、男だったら、
次男に『一』以外をつけると、上下の差が出来るって」

「上下の差?」

「次男だからという漢字の使い方はしたくないって。ひとりずつが『一』だと、
そう言うものですから」


長男でも次男でも、『一』をつけたい。

それは、生田のお父さんが、お兄さんと生田とを同等に見ている証拠。


「憲一は、何でも話をする子なんですけどね、寛一はどうも……」

「男の子は、性格の違いで難しいのでしょうね」

「こっちに戻ってきて、一緒に仕事をすれば分り合えるって、
主人は頑なに言っていますけれど、私には、東京へ行かせてから、
どんどん離れていっているような気がして、仕方がなくて」


『このままでいいのか』

生田も、生田の母親も、視点は別のところだけれど、同じことを考えていた。

あいつは僕に『全く別を向いている』と言っていたけれど、

話し合えばきっと、溝など簡単に埋まっていく。

僕は、弁当箱を閉めると、話の輪から外れ、ロッカーの方に向かう。

そこには、タバコを買いに出たはずの生田が、ビールケースを椅子にして、

目を閉じ座っていた。



【19-3】

親と子のつながりを知るたびに、会えない人への思いは募る。
歩は、遙の笑顔に励まされ、さらに一歩前へ……
1日1回、読みましたの拍手、ランクぽちもお願いします(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント