【again】 23 会いたいと願うこと

【again】 23 会いたいと願うこと

     23 会いたいと願うこと



「ママ、行ってきます」

「気をつけてね、大地」


ハナの葬儀も終わり、また絵里のいつもの日々が始まり出した。大地は元気に学校へ向かい、

朝の家事を終えた絵里が、仕事に行くため靴を履きながら外へ出て行くと、目の前には

ハナの部屋の玄関があり、絵里はその扉を見つめたまま、『行ってきます』と心の中でつぶやいた。





「おはようございます」

「おはよう霧丘、今日の予定なんだけど……」

「専務、社長がお呼びです」


いつも社長室に呼ばれる時は、内線がかかるか、高次自身が声をかけてくることが多かったのに、

霧丘がそう告げたことに、直斗は少し身構えた。楓に自分の気持ちを告げてから

4日が経っていたが、あれから連絡もなく、もしかしたらすでに高次の耳に

話が入ったのだろうかと考えながら、社長室へ向かう。


「直斗です」

「直斗か。北西銀行との打ち合わせを今日の午後に入れたから。同席してくれ」

「わかりました」


高次は書類を見つめながら、いつものように指示をしてきたが、

その後に言葉が続きそうもなかったため、直斗は一度頭を下げると、部屋を出て行こうとした。


「直斗」

「はい……」

「来週初めに、児島建設に向かう予定だ。スケジュールに入れておくように、
霧丘には指示をしたからな」


児島建設……、その名前を聞いた直斗が、高次の方へゆっくりと振り返る。今ここで、

自分の気持ちを明らかにすべきなのか、一瞬迷っていると、高次は書類を見たまま、軽く言った。


「何か決断を下すときは、誰でも迷いも悩みも起こるものだ。余計なことに手を出し、
遠回りすることもあるだろう。だがな……」


そこで初めて書類を机に置き、高次は直斗の方を向いた。その視線は強く、冷静に見える。


「笑いで済むうちに、判断しろ」


『高次はすでに気づいている』。直斗にはすぐにそう思い、あの日、いつものように別れた楓が、

どんなふうに話をしたのだろうかと、考える。


「今まで、大きかろうが小さかろうが、仕事で迷ったことなどありませんが……」


楓を選ばないことは間違っているのだと言いたげな高次の言葉を、遠回しに直斗は否定し、

すぐに部屋を出ようとする。


「自信があるのか、自分のその判断に」



『それなりの愛し方があるだろう……』



どんな理由があったのかはわからない。それでも結局自分と母のことを、そう割り切った

父親の姿があった。そんな高次の言葉を聞きながら、直斗は絵里のことを考える。


この肩に触れながら泣いていた姿を思い出し、大きく息を吐き、『それなりの愛し方』など

存在しないと、あらためて自分に宣言する。


「もちろんあります」


背中を向けたまま、そのひと言だけ告げると、直斗は振り返ることなく、社長室を出て行った。





『楓とは結婚出来ない……』



少しずつ何かがずれている、そう感じていた楓だったが、直斗から、

そんな言葉を聞かされることになるとは思ってもみなかった。仕事にも集中出来ずに、

ここ何日かは部屋を出たり入ったり、そんな無意味なことを繰り返している。


直斗が瑠美に興味を持ったと言った時、その理由は明白だった。

直斗は自分の野望を、満足させられる人を探しているのだ……そう思えた。

だからこそ会社の力を使い、花岡議員を追い込み、瑠美よりも、自分の方が相手として

相応しいのだと、アピールした。


楓は目を閉じ、亘のところであった絵里の姿を思い返す。

あの女性が、直斗の心をつかんだのだとしたら、対処法が何も見つからない。


地位も、財産もない女性……。

何もない人に勝つには、どうしたらいいのだろう。


直斗とは、昨日今日の間柄ではない。何年かは一番近い存在だとそう思い続けてきた。

目標も理解し、目指しているものをつかむために、自分を選ぶことは間違いない……、

そのはずだった。


しかし、この間見せた直斗の表情や言葉が、楓の心に冗談ではないことを突きつけ、

身動きが取れなくなっている。


携帯電話を開き、直斗の番号を呼び出してみるが、どうしてもダイヤルを回すことが出来ずに、

4日が経っていた。このまま連絡をしなければ、認めてしまうことになるし、かといって、

対応策のないままぶつかっても、直斗の心を取り戻せる自信もない。


結局、答えは見つからないまま、楓は今日も携帯を閉じていった。





「涼子の母親の隣?」

「はい、先日の通夜の時に、息子さんといらっしゃって、初めてお会いしました」


高次はすでに直斗の変化に気づいていたが、それは楓が教えたのではなく、以前、

社長室で楓との結婚に、迷いがあるように見えた直斗の態度を不思議に感じた高次が、

霧丘をつかって調べていたからだった。


「池村絵里さんと言う方です。小学校1年生の男の子がいて、うちのスーパーにパートで
働いているようでして。どうも……亘さんとも接点が」

「亘とも?」

「はい……」



『もし……地位もお金もない人で……』

『これからは言うことを聞くようなことは一切しない』



会社を継ぐために、自分なりの考えを持って行動していると思っていた直斗、

自分の言うことに逆らうことなく、生きていると思っていた亘。


「何を好んで、子供のいるような女を……」


高次は、二人の変化が、この女性からのものなのだろうかと、かけていた眼鏡を外し、

辛そうに目頭を押さえながら、そうつぶやいた。


「霧丘、この後すぐに行けるか?」

「はい……」

「直斗はこの後、北西銀行との打ち合わせだ。その間に向かってくれ」

「はい……」

「すぐにこの条件をのむとは思えないが、まぁ、現実を知らせておくのは早いほうがいい。
常識のある女なら、どうすればいいのかくらい、自分で考えるだろう」


高次が茶色の封筒を手渡すと、霧丘は中を確認し、丁寧に頭を下げた。





「はい、池村です」

「もしもし、急にごめん。今日、そっちへ向かってもいいかな。話があるんだ」


楓とのことに高次が気付いてしまった今、この後、何かしらの妨害を受けるだろうと言うことを

予測していた直斗は、自分から説明し、少しでも絵里の気持ちを楽にしておきたいと思っていた。


「食事は?」


そう問いかけられて、つい口元がゆるんでいく。直斗にとっては、

今、どんな高級レストランよりも、絵里の温かい食事の方が嬉しかった。


「一緒に食べたいけど、ちょっと遅くなると思うんだ」

「じゃぁ、残しておくけど、それでいい?」

「いいのかな……」

「必ず来てくれるなら、いいですけど……」


軽く笑いながらそう言った絵里に、直斗も微笑みながら返事をした。

ハナがいなくなってしまってから、この携帯電話の番号を知っているのは、

絵里一人になっていたが、こんな飾らない会話が、今の直斗を支えていた。


「失礼します、北西銀行の方がお見えになりました」

「あぁ……、今行く」


社員からの急な呼びかけに、直斗は慌てて受話器を押さえ、返事をした。


「じゃぁ、あとで……」


絵里とのことを考えながらも、直斗は今、目の前の仕事の処理に、手一杯になっていた。





「鷲尾不動産からの引き渡しですが、予定通りに行われますか?」


直斗は高次の隣に座り、北西銀行の担当者から話を聞いていたが、そばにいるはずの霧丘の姿が

見えないことに気づき、視線を動かす。この家に来て10年、仕事がある時には、

常に自分のそばを離れない霧丘が、始めて単独行動をしていることで、直斗の不安は増していった。


「直斗、鷲尾不動産との話はついているのだろう」

「あ、はい」


そんな霧丘が気になりながらも、直斗は書類を取り出しながら、銀行の担当者に説明を始めた。





「大地、これ片付けなさい」

「ん? 今やろうと思ってたのに」

「もう、そんなことばっかり言って」


絵里が台所のテーブルに置かれていた小さなブロックを、お菓子の缶に入れながら大地に

文句を言っていると、インターフォンが鳴り、飛び起きた大地がすぐに向かった。


「はい、どちら様ですか」

「霧丘と申します」

「きりおか?」


絵里は聞いたことのない名前に、少し戸惑いながら、のぞき穴からその存在を確認し、

ゆっくりと扉を開ける。


「突然申し訳ありません」


スーツを来た中年のその男は、ハナの通夜や葬儀の時に、直斗のそばにぴったりとついていた人で、

大地が直斗にかけよった時も、警戒するような目で絵里を見たことを思い出した。


「申し訳ありません。少しお話があるのですが、お時間をとっていただけませんか?」

「話……ですか?」

「はい」


大地は不思議そうに霧丘を見ていたが、その大地に視線を合わせることなく、

霧丘は静かに立ったまま、絵里の返事を待っている。


「大地、外でちょっと遊んでおいで」

「うん……」


直斗にもらったグローブをはめて、大地は部屋を出て行った。


絵里はお茶を出し、向かい合うように座り、霧丘はそれを確認すると、丁寧に頭を下げる。


「夕食のご準備もあるでしょうから、手短に用件を言わせていただきます」


そう言いながら、霧丘が取り出したのは『プログレス』が権利を持っている、

賃貸マンションのパンフレットだった。


「この東町住宅が、払い下げの対象になるかもしれないということは、ご存じですか?」

「払い下げ……ですか? いえ、何も……」


東町住宅に、そんな話が持ち上がっていたことを知らなかった絵里は、

考えてもみなかったことを言われ、首を横に振った。


「そうですか。今、公共事業もあれこれ難しくて、財政難のおりに、これだけの広い土地を持った
公営住宅は必要ないんじゃないかと、言われていることもありまして……で……」


霧丘はパンフレットの左に、部屋の見取り図を並べながら、話を続けていく。


「お子さんは、お一人ですよね。広さは3LDKあります。本来なら新婚さんから、
家族向きの賃貸ですが、この3階のひと部屋を、今のお家賃と同じ金額で……いかがでしょうか」


手慣れた営業マンのように、話しをしていく霧丘に、絵里は慌てて言葉を返す。


「話がよく見えないんですけれど。わかりやすく説明していただけますか?」


なんとなく霧丘の訪問に意味を感じていた絵里だったが、わざとわからないふりをして、

言葉を引き出そうとする。


「直斗さんとのお付き合いを、やめていただきたいのです」


霧丘は残酷な言葉を、躊躇することなく絵里に告げた。ハナが亡くなった日から、

まだ1週間程度しかたっていないのに、すでにこんな扱いが始まったことに、

絵里は驚きを隠せない。


「直斗さんは、このことを知ってるのですか?」

「いえ……」


そう言いながらも、他の選択はないのだと、霧丘の強い視線が、絵里に訴えかけている。


「お相手が、亘さんでも同じことです」


念押しをされるように、そう言われた絵里は、目の前に置かれていたパンフレットを手に取り、

両手で破りだしたが、霧丘は、そんな絵里の態度にも、慌てることなく、

まるで予想していたかのように黙っている。


「直斗さんの言葉だけを信じます。彼が言うことならば、例えどんな言葉でも、
私は受け入れるつもりですが、こんな交換条件のようなことは、してくださらなくて結構です」


残りの書類を封筒に戻し、絵里が霧丘の方へ戻していくと、霧丘はその書類をテーブルの端に置き、

お茶に少しだけ口をつけ立ち上がった。


「直斗さんの言葉なら、受け入れていただけるのですね」

「……はい」


霧丘は納得するように頷くと、丁寧に頭を下げ、部屋を出て行った。


遠ざかる霧丘の足音を聞きながら、絵里は台所へと戻り、テーブルに残されていた書類を出すと、

パンフレットと同じように何度か破く。これだけの条件をすぐに出されたことで、

直斗が抱えている運命の大きさをさらに感じ、気持ちが重たくなった。


「ママ、なわとびどこ?」

「あ……、下駄箱の中にあるでしょ」

「出して!」


大地が戻ってきたことを知った絵里は、手に持っていた書類をゴミ箱へ捨て、また玄関へ向かった。





「直斗! 遅いぞ!」

「大地、今何時だ。もう9時になるのに、起きていていいのか?」

「直斗が来るってママが言ったから、待ってたんだ!」


嬉しそうな大地に手を引かれ、直斗が部屋の奥へと入っていくと、台所には食事を並べる

絵里の姿があった。


「車の音が聞こえたから……」


そう少し照れくさそうに言った絵里が、直斗には眩しく見え、こんなことが今まで出来なかった

ことに、少しだけ後悔する。


「ねぇ、来てすぐに悪いんだけど、急に町内の見回りを変わってくれないかって言われたの。
1時間くらいだから、大地と待っていてもらってもいい?」

「見回り? みんなでやってるの?」

「順番でね、あ……大地! ママがやるからやめてよ」

「いいの、僕が出来るから」


大地は直斗の前にあった茶碗を取り、椅子の上に乗りながら、ご飯をよそろうとする。


「いいよ、行ってくれば。ちゃんと給食当番さんがいてくれるみたいだし」

「エ……」


直斗は箸を出したり、茶碗にご飯をよそっている大地を指さし、そういって笑った。





「ねぇ、払い下げの対象物件になっているって知ってました?」

「あぁ、前に新聞でちょっと見たけど、でも、正式に決定ではないって……」


絵里は懐中電灯を持ちながら、何名かの住人と見回りをしていたが、話題はこの東町住宅の

払い下げ問題になり、あれこれ知らなかったことを聞くことになった。


「この間ね、業者っぽい人が、あれこれ見てたって、4号棟の沢田さんが言ってたわ」

「高層マンションを建てたいんだとか、聞いたけど……」

「家賃高くなるでしょうね。私たちに出て行けってことかしら……」


それぞれが不安を口にしながら、夜道を歩いていた。そんな話を聞きながら、ここへ来て

やっと生活に落ち着きが出てきたのに、もし、霧丘や住人たちの言うとおり、

この団地がなくなってしまうようなことになったら……と、絵里も複雑な気持ちのまま、

一番後ろを歩き続けた。





「ごめんなさい、予定より延びちゃって……」


絵里が部屋へ戻ってみると、台所のテーブルに伏せるように直斗は眠っていて、

ふすまを開けて部屋を見ると、布団の中には、すっかり夢の中の大地がいた。

絵里は斜めになっていた布団をまっすぐに直し、明るかった部屋の電気を消す。

台所へ向かい、テーブルの上に残されていたトランプを片付けながら、絵里は、

直斗が大地と遊んでいる姿を想像する。



『そばにいてくれないか……』



急にハナが亡くなり、葬式を仕切り、すぐに仕事へ戻った直斗が、疲れているのだと思った絵里は、

起こすことが出来ずに、隣に座ると少しだけ体を傾け、寄りかかるようにした。


ここへ早く来るために、無理をしたのではないだろうか。

そんなことを思うと、すぐに涙がにじみ出す。


「右側だけ……あったかいな……」


絵里は直斗が起きていたのだと気づき、すぐに体を離し、手に持っていたトランプを慌てて

箱にしまい、動揺を隠そうとする。


「なぜ逃げるの?」

「だって……」


直斗は姿勢を戻すと、絵里が破いたパンフレットの切れ端をポケットから出し、

テーブルの上に乗せた。


「大地がさ、大事なプリントを捨てちゃったかもしれないって、ゴミ袋の中をあれこれ
出しているのを手伝っていて、これを見つけた。霧丘が来たの?」


絵里は、昼間の出来事を思い出し、辛そうに下を向き、直斗はそんな表情を確認すると、

パンフレットを両手であつめ、グッと握りしめた。


「今日話しに来たのは、こういうことなんだ。これからもきっと、いろいろ嫌なことを
耳に入れられたりするかもしれないけど、気にしないでいてほしいって……。それが言いたかった。
ただ、こんなに早く動いてくるとは、思わなかったけど」


高次と霧丘と楓……、直斗はそれぞれの冷静な対応ぶりを思いだし、いらだつ気持ちを抑えようと、

一度大きく息を吐いた。


「覚悟は出来ているから、大丈夫だ」


覚悟……。絵里はその言葉を聞き、はっとした顔で直斗の方を向いた。


「ねぇ、覚悟ってどういうこと? 私、何ものぞまないし……」


その言葉を聞いた直斗が、すぐに悲しそうな顔を見せたことで、絵里も苦しくなり、

また、うつむいてしまう。


「君と大地と、一緒に生きていきたい。そう望むことは間違ってることなのか?
君がもう一度、誰かと幸せになろうとするのは、そんなにいけないことなのか? 違うだろ」

「……」

「初めてなんだ。ただいま……と言いたい人に出会えたのは。早く戻りたいと思う場所を
見つけたのも……」


帰る場所を探していたという直斗に、ハナが亡くなった日のことを思い出す。

自分がいる限り、寂しい思いをさせたくないと誓ったキスの感覚は、まだ絵里の中に

鮮明に残っていた。


「君は何も気にせずに、大地とここにいればいい」


顔をあげた絵里の目に涙が浮かび、その粒はやがて1本の線になる。


「泣き虫……」


直斗のその言葉に、絵里は背を向け、涙の線を手のひらで消しながら呼吸を整えた。


「ただいま……」


この複雑な感情は、どうしたら解決できるのだろうかと、絵里は思いながら、

聞こえてきた声の方向に振り返る。


「おかえりなさい……」


絵里がそう言い切るのと同時に、少し微笑んだ直斗は、唇をキスで塞いでいた。





24 同じ月の下で へ……





ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

ヾ(*´∇`)ノ

あぁっ!素敵!素敵です!!
霧丘の意味深な言葉が気になりますがそれをふっとばすほどの直斗の意思!&行動!
私、深読みしてしまってましたわ 前のお話のエンディング オハズカシイ…
てっきり、直斗と絵里は結ばれたのね!と・・・ アハハc(>ω<)ゞ イヤァ~

あはは……

ヒカルさん、こんばんは!
ちょっくら、親知らずの影響から、歯の奥が痛い私。
PCに座れない日もあり、返事が遅れ気味です。

>霧丘の意味深な言葉が気になりますがそれをふっとばすほどの直斗の意思!&行動!

ありがとうございます。
このお話、どちらかというと、亘派が多いんですよ(笑)
こうして直斗をほめてもらえると、なんとなく嬉しいです。

まだ、さらに、話は複雑になりますからね、よろしく!

拍手コメントさんへ!

いつも楽しみにしていただけて、とても嬉しいです。
サークルからの方かな、それとも、ここで初めて知ってくれた方かな?
なぁんて、いつもそんなことを思いながら、お返事書いてます。

前半は、絵里を巡る兄弟が、いつ気付くの? というところが焦点で、
後半は、それぞれが、自分の気持ちをどう結論づけていくのかが焦点かなと思っています。

最後まで、お付き合いいただけたら嬉しいです!
これからも、よろしくね!