20 天使のはしご 【20-1】

20 天使のはしご


【20-1】

12月22日。僕は27になった。

心配した雪は、結局降ることなく、クリスマスディナーコンサートの当日を迎え、

さすがに『スレイド』を訪れた日とは設定が違うため、スーツを用意する。

午前中だけでも仕事をしてからと思っていたが、

その間に急な仕事でも入れば出て行きにくいからと、奥さんに反対された。

今日だけは、事務所に顔を出さないようにする。



『クリスマス以外の日は、俺に任せておけ』



赤石さんが、頑張ってくれる宣言をし、社長も工場に立てる日なので、

おそらく大丈夫だろう。

久しぶりにゆっくりと起きて、何もない時間を過ごす。

外ではしゃぐ子供の声を聞いているつもりだったが、いつの間にかまた眠っていた。





「『パール』ったら、何度も何度も振り返るからおかしくって」

「いつもと服装が違うと思ったのかな」

「おそらくそうだと思います」


遥さんと待ち合わせをし、コンサート会場となるホテルへの道を歩く。

同じように今日という日を楽しみにしていた人たちが、

それぞれの思いを抱えながら、会場を目指していた。


「おじ様、行けなくなったからと言われたようですけど、本当は違うみたいですよ」

「違う?」

「はい。今日は以前から父と、もう一つの会社の方と、
打ち合わせが入っていたようです」


『椎名物流』と、もうひとつ関わりを持つ企業との打ち合わせ。

確かに、社長クラスの人物が会う日なら、急に決まったりはしないだろう。


「そうなんだ」

「もしかしたら、わざわざ取ってくださったのかもしれません、チケット」


僕と遥さんのために、伯父が『この日』のチケットを取ってくれたのだろうか。

確かに、『スレイド』に行った時の話をしたことはした。


「あ……そうだ」

「何か」

「あの日、ほら、遥さんと『スレイド』に行った日。
伯父が僕を見て驚いたような顔をしていたんだ。
てっきり、君と一緒だから驚かれたのかと思っていたけれど、
そうではなかったみたいで」

「私といて驚かれた?」

「うん……。『スレイド』で僕を見て、どうしてここにいるのかというような、
顔をされたんだ。拓と遥さんの縁談を考えている伯父が、なぜ僕と遥さんがいるのかと、
それを不快に思ったのだと信じ込んでいたけれど、そうではなかった。
伯父は君がいたことに、気付いていなかったみたいで」


僕の影になっていた遥さんに気付いていなかった。

それは、突然のFAX騒ぎに飛んで来た日、わかったこと。


「そういえば……確かに、あれから数回おじ様にお会いしたけれど、
『スレイド』にいたことなど、話題にならなかったわ」

「うん……」


伯父が驚いていた理由。

何か他にあったのだろうか。


「後藤さん、チケット」

「うん」


考え事をしているうちに、会場に到着し、僕達は『TEA』さんの歌声を聴くために、

指定された席へ向かった。





ナイフとフォークが数本並ぶような食事は、あまり経験がない。

友達の結婚式にも、2回出ただけだ。

遥さんのすることを確認しながら、それなりに形を保ち続ける。

カラフルなソースと一緒に口に入れてみて、

初めて肉なのか魚なのかがわかるものもあった。

それでも食事は美味しかったし、

遥さんと落ち着いた状況で話しが出来るのは嬉しかった。

スポットライトの中に、『TEA』さんが登場する。

さすがに『スレイド』のような小さな会場ではないため、

『TEA』さんに、直接声をかけるような人は見受けられない。

拍手が一斉にわきあがり、待ち望んでいた『心地よい時間』の開始に、

さらに気持ちが高ぶった。


「みなさま、ようこそいらっしゃいました。
今日は、みなさまが素敵な時間を過ごせますよう、精一杯歌わせていただきます」


『TEA』さんはグランドピアノの前に立ち、スタンドマイクを両手で握る。

その声を待つバックバントの演奏者たちが、『TEA』さんの口元に集中する。

『TEA』さんは、体にぴったりと張り付くようなタイトなドレスに身を包み、

ゆったりと歌い始めた。



『仕事に誇りを持って……』

『それは今、あなたに必要なものなのよ……』



会うたびに、『TEA』さんは僕に必要な言葉を、常に投げかけてくれた。

偶然の中で重なった時間が、僕の心を少しずつ強くしてくれた。

『TEA』というのは芸名だし、どこに住んでいるのか、年齢がいくつなのかも、

僕は何も知らない。

共通点などどこにもないのに、彼女の歌声に、心が揺さぶられた。

押さえ気味の曲、そして、少しアップテンポな曲、

以前、『スレイド』で聴いた曲とは、完全にラインナップが違っている。

クリスマスを意識した曲や、伴奏がピアノだけではないために、

華やかな曲も多い。

『IF WE HOLD ON TOGETHER』をもう一度聞かせて欲しいと思っていたが、

今日は無理かもしれない。


「素敵……」

「うん」


食事をしながら、歌声につつまれている、

それだけで、見えない力に背中を押してもらっているような、そんな気になった。

『TEA』さんから聞かせてもらってきた言葉は、いつも前向きなものだった。

それは『プロ』として、厳しい世界を生き抜いてきた人の、

思いが詰まったものだからだろう。

『自分には出来る』という信念がなければ、才能だけの世界で、

生きていくことなど出来やしない。

歌に合わせて食事も進み、合わせて出されるお酒も美味しく、

時間はどんどん過ぎていく。

歌い終えた『TEA』さんの手の動きにあわせて、伴奏も止まった。



大きな会場に流れる、静かな時……



「みなさんは、人生の中で後悔をしたことがありますか?」


曲の合間に、少しのトークが入ってきた。



【20-2】

冬は寒く、雪は冷たいけれど、
信じる心があれば、怖いものは何もない……はずだから。
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