20 天使のはしご 【20-4】

【20-4】

「遥さん……」


霙だと思っていた冷たい雫は、結晶の見える雪へと変わる。


「……帰らないで」


そう、確かに聞こえた。

今日という日を、まだ終わりにしたくないという思いが、僕の耳に届く。


「濡れてしまうのがわかるのに、そのまま帰したくないの」


雨なのか、雪なのか、霙なのかわからない中で、

そして、自分の疑問がどういった結果を導くのか、

何もわからないという思いを抱えた中で、僕が本当は不安でたまらないことを、

彼女は知っている。


「雪がやむまで……」


雪がやむまで、そばにいて欲しい。

遥さんは、そう最後まで言わずに、顔を上げた。


「もし、雪がやまなかったら?」


この雪が、やむことなく降り続けたら……


「……ずっと、そばにいて」


顔を上げた彼女の目元に、雪の結晶が光り、

じわりと浮かんだ涙にとけ、頬を伝っていく。

僕は、その雫を指で受け止めると、返事が届くよう、彼女の唇にそっと触れた。





霙は、本物の雪になっただろうか。

カーテンを閉めてあるので、それはよくわからない。

それほどの寒い季節であることは間違いないけれど、

僕達は互いの熱を受け止めようと、素肌のまま抱きあった。

彼女の白い肌が、緊張と高揚感の交じり合った思いに、ほんのりと赤く染まる。

不安と戦いながら僕に伸ばす手を、しっかりとつなぎ合わせ、

彼女の負担が少しでも軽くなるように、僕はゆっくりと触れ続けた。


遥さんは、時折、自分の唇から漏れていく吐息混じりの声に、

恥ずかしさが増すのか、すぐに顔をそらせてしまう。

どこかぎこちない動きの中に、形に出来ない思いがあふれている気がして、

大切なものを壊さないよう、そして彼女が寂しくならないように、

僕は、ぬくもりのある場所に、何度も唇で触れた。



僕は、この人の思いに、応えていく……



精一杯の思いを受け渡すため、首筋からうなじへと触れた。


「大丈夫?」


遥さんは、優しい笑みを見せ、その時を望んでくれた。

彼女は、空いている手で、僕の頬に触れる。


「歩さんの手……とっても温かい」


何もない僕を、好きになってくれた人。

言葉を交わすだけで、明日もまた素敵な日が来ると、そう思わせてくれる人。

君に会えた偶然を、全ての出来事に感謝しながら、

僕は遥さんを、もう一度しっかりと抱きしめた。





雪はそれほど降らずに、深夜1時を回る頃にはやんでいた。

緊張の中にいたからだろうか、ほっとできる気持ちになれたからだろうか、

遥さんは、僕の横で眠っている。

雪がやむまでと言ったけれど、今起こすわけにもいかず、

僕は始発が出る時間になるまでと思い、布団を彼女の方に寄せて、目を閉じた。





持っていたカギをゆっくりと回す。

音を立てないようにしながら中に入った。


「……お帰り」

「あ……あぁ、うん」


始発が動き、すぐにアパートへ戻ってきたのに、祖母はもう起きていた。

僕はそのままスーツを脱ぎ、気持ちを切り替えようと風呂場へ向かう。


「今日は仕事、あるのかい」

「うん……」


どこにいたのか、何をしていたのかなどとは、聞いて来ない。

それだけに、全てが読まれていそうで、なんとなく顔をあわせづらい。



『……おはよう』



恥ずかしそうにそう言ってくれた彼女の顔を思い出し、また顔がにやけそうになる。

少し熱めのお湯をシャワーで頭から被り、

今日の仕事に問題が出ないようにと、気持ちを切り替えた。





「おはようございます」

「おぉ、おはよう」


12月23日。『半田自動車整備』が全員揃うのも、今日が最後になる。

これから後は、特別なことがない限り、仕事であふれかえることもないだろう。


「どうだったかな? 少し早めのクリスマスは」

「はい、よかったですよ。聴きたいと思っていた曲も聴けましたし、
食事も美味しくて」

「ふむふむ……それで、それで?」

「それでってなんですか」

「それでって言ったら、その後でしょうよ、歩さん!」


赤石さんは作業服に着替えながら、そう突っ込んできた。

その後のことなど、話せるわけがないと思いながら、

僕は、ファスナーをわざと一番上まで上げてやる。


「おい、なんだよこれ、首が出ないだろうが」

「横着な着方をしようとするからですよ」

「なんだよ、それ。俺はいつもこうなんだよ」


僕は、文句を言い続けている赤石さんを残し、着替えを終えて事務所に入った。



【20-5】

冬は寒く、雪は冷たいけれど、
信じる心があれば、怖いものは何もない……はずだから。
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