22 片隅の記憶 【22-1】

22 片隅の記憶


【22-1】

『僕の父親は、森中の伯父』



さすがに予想していないコメントだったのだろう、

遥さんからすぐには言葉が戻らなかった。

僕は湯飲みに入ったお茶を飲み、ふぅと息を吐く。


「……なんて、あいつが驚かせるからさ、だから気持ちが混乱した。
拓は僕に対して意地悪いことを言っただけだよ」

「……うん」

「僕が伯父と会う話も知らなかったから、急に社長室に座っているのを見て、
気にいらなかったんだろう。なぜここにいるのかと聞かれて、ごまかすのもなんだし、
事情を話したんだ。そうしたらそんなことを……」

「でも、森中の伯父さんだって」

「そう、証拠も何もないし、伯父もそんな話はしなかった。
僕も、拓が捨て台詞のように吐いたことを、鵜呑みにして聞くのもおかしい気がして。
だって、そうだろう。伯父なら、もし、本当に伯父が僕の父親なら……」



父親なら……

僕に対して、愛情があるのなら……



「隠したりせずに、語ってくれるはずだから」

「うん」


本当だという証拠もないけれど、あの拓の真剣な顔は、ウソだと流してしまうには、

あまりにも冷静だった。

でも、どちらにしても、僕がこれ以上、真実を知ろうとするのは、

誰のためにもならないのだと、あらためて知った。


「スッキリしたとは言えないけれど、仕方がないよ。これはこれとして受け止める。
もう、追うのは辞めた」

「歩さん……」

「遥さんにも心配かけてごめん。これからは前を見てしっかりと歩くよ。
君のお父さんに言われているからね、努力をしなさいって」


過去よりも大事なのは今であり、そして未来のこと。

僕は食べかけのおにぎりを、口に入れる。

僕は、これからも後藤克信と景子の息子として生きていくこと、

それを、僕を含めた誰もが望んでいるのだから。


「伯父を待っている間、1級の問題集を開いていたけれど、思っていた以上に難しくて。
あらためて見直してみると、まだまだやらないとならないところも多いんだ。
8月には必ず受かって……それで……」


僕より背も低いはずなのに、なぜか、彼女の腕の方が僕より上にあった。

体が自然と斜めになり、包まれたようになる。


「私は……あなたが大事……」

「……うん」

「だから、前向きに頑張って欲しいけれど、私の前では、強がらなくていいの」



遥……



「すべてを知ろうとしたのだもの。今日だけは……悲しくて悔しくていいと思う」



彼女は気付いているのだろうか。

僕が、心の奥底で、本当は、伯父なのではないかと思っていること。


「……そんなふうに言われたら、泣くかもしれないぞ」

「うん」


涙は出てこなかった。

でも、雫のない涙なら、心の底に溜まり続けている気がする。

それでも……



遥さんの手は優しく、そして温かく、

互いに顔を見た後、照れくさくて笑ってしまう。


「もう一つ、食べられそう」

「うん」

「あ……」

「何?」

「そういえば、オーストラリアからお客様が来ているって、言わなかった?」

「うん、一昨日一緒に食事をしたけど」

「よかったの? 実家に残っていなくて」


そうだった。家族ぐるみでお世話になっている人たちが来ると、

クリスマス前に聞いていた。コンサートのことや、伯父のことがあり、

すっかり頭から消えていたのに、だから22日に会う約束をしていたのだと、

今、急に思い出す。


「私は、私の思うように生きていくの。お客様も大事だけれど、
歩さんの方が……もっと大切だから」


遥さんはカレンダーを指差した。26日にはしっかりと印がついている。


「何? あの星マーク」

「歩さんが、ちゃんとここに戻ってきますようにって、お願いしたの。
ね……『パール』」

「戻ってくるって、そんなに信用なかったのかな」

「そうではないけれど……でも、こうでもしていないと、落ち着かなくて」


『椎名物流』のお嬢さんだというイメージは、とうに消えていた。

僕の中では、椎名遥という女性が、ただ一人大きな存在になっている。



『何も考えず、その人自身を愛しなさい』



そういえば、以前、奥さんにそう言われたっけ。



『頭で考えている間は、恋愛なんてダメなのよ』



晴美さんも、確かそう言っていた。

そう……


「遥……」


どうしたのという目を見せた彼女を引き寄せる。

僕は不器用だし、言葉がうまくないから、

あれこれ言ってあげることなど出来ないかもしれない。



「君に会えて、よかった」



偶然が積み重なって出来た大きな真実は、

僕の心に出来た闇を、優しい風で吹き飛ばしてくれる。

唇を重ねた後、互いにおでこを当ててみる。

恥ずかしそうな遥の頬に触れ、もう一度僕のほうからキスをした。



【22-2】

普段はしまい込んでいる片隅の記憶、
真実に迫るキーワードが、歩の元に届く。
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