22 片隅の記憶 【22-4】

【22-4】

「哲治さんが来るって聞いて、出て行ったの?」

「……すみません」


年末、伯父のところに行った僕が飛び出したことを、奥さんは知っている。

でも、年が明けても、どういう話だったのか特に聞くことはなく、

僕からも細かくは語っていない。


「哲治さんのところに行って、飛び出してしまったって電話があったでしょ。
でもその後、遥ちゃんから連絡があったし、二人で話をしているだろうからと思って、
私は、何も聞くつもりはなかったけれど……」

「はい」

「哲治さん、私が来たから歩は嫌なのでしょうって、気にしていたわ。
ねぇ、どういうことなのか、聞いたらいけない?」


聞いたらいけないのかと言われたら、首を振るしかない。

親以上に世話になっているご夫婦が、気にしてくれるのは当たり前のことだ。


「すみません、きちんと報告していなくて」

「ううん……私たちにしないとならない話ではないから、いいと思っていたのだけれど、
ごめんね、気になるのよ」

「はい」

「産みの親のことは、哲治さんに聞いてもわからなかったの? 結局」

「はい」


『斡旋団体』から来たと言われたことを、僕は正直に語った。

その団体はすでになく、確かめようがないという伯父の言葉がどうも腑に落ちず、

つい避けてしまっていることも話してしまう。


「斡旋団体か……」


奥さんはそう言った後、黙ってしまったが、急に『よし!』と叫びだす。


「哲治さんだもの、歩にウソはつかないわよ」


そう、伯父がウソをついたとは思いたくない。

だから僕は、今はまだ会いたくない。


「そうだよね、そりゃそうだよ」


奥さんの言い方は、何かを納得させているようなものだった。


「よかった……」

「よかった?」

「そうよ、よかったのよ。歩がそういうところから引き受けた子供なら、
こうなったからって戻ってこいとか、返してくれとか言われないでしょ。
私はね、もしかしたら……って思ったりして、ちょっと眠れないこともあったの」


もしかしたらとは、なんだろう。


「もしかしたらって、どういうことですか」

「ん? くだらない想像だと思って聞いてね。
私は、もしかしたら歩は、哲治さんの子供じゃないか……なんて思ってたものだから」





どうして、そんなことを……





「どうしてですか」

「どうしてって、だから想像だって言ったでしょ。景子が歩を連れてきたとき、
『私は絶対にこの子を幸せにするって、兄に誓ってきた』って言っていたから。
事情がある子供なのかと、勝手に思っていたのよ」





兄に誓ってきた……





「勝手に思っていただけよ、歩。やだ、2時間ドラマとかの見過ぎだわ。
ごめん、ごめん」

「いえ……」


奥さんは、拓が僕に投げつけた言葉を何も知らない。

それでも、母が残したセリフから、ほんの少しの確率でも、

伯父が父親ではないかと、思っていた。



何か……あるのだろうか。





拓……





「歩」

「はい」

「過去は変えられないけれど、現在はいくらでも歩のものだから。
遥ちゃんのためにも、少しずつ気持ちを切り替えなさいね」

「……はい」


僕は精一杯の顔を作り、その場を離れる。

割り切っていたと思った気持ちは、また奥底からじわりと浮き上がりだした。





『事情がある子供なのかと……』


養子斡旋団体が間に入ったとしても、誰かの子供を引き取ることは変わらない。

母がそういう言葉を残したからといって、伯父が父親だと決めつけるのは、

あまりにも唐突すぎる。


「歩、こっちいいか」

「はい」


1月も終わりに近づいた日曜日、僕は工場でいつものように仕事をした。

本来は、栗丘さんの日だったが、奥さんが急に体調を崩し、

変わってもらえないかと頼まれたからだ。

僕が電話で謝ると、遥は栗丘さんの頼みなのだから、聞いてあげるべきだと、

そう言ってくれた。

久しぶりに二人でどこかに出かけようかと思っていたけれど、

なんとなくほっとした気分でもある。


「冷却水かな、エンジンオイルか?」

「オイルではないですね、臭いもないですし」

「そうか、そうだな」


遥の前に立ったら、誰もいないところで二人きりになったら、

僕はきっと、また弱音を吐きそうな気がする。

『気にしない、悩まない』と言った昔のことを、言い出してしまうかもしれない。


「社長、これ見てください」

「おぉ……」


チクチクと痛む感覚に、体が慣れてしまうまで、

もう少し一人で頑張ってみようかと思いながら、仕事に向き合い続ける。


「すみません……」


その声に振り返ると、バイクにまたがった女性がメットのカバーをあげる。

僕の顔を見て、少しだけ微笑んだのは、ちふみだった。



【22-5】

普段はしまい込んでいる片隅の記憶、
真実に迫るキーワードが、歩の元に届く。
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