23 真実の扉 【23-3】

【23-3】

仕事があまり立て込まない日を選び、

ある場所へ着いてきて欲しいと遥に頼んだ。

もちろん一人で行けない場所ではなかったが、僕一人の頭で判断するより、

彼女の意見を聞きたいという思いもあってのことだ。

僕は以前立ったことにある場所で、遥の到着を待った。

予定時刻よりも5分ほど遅れて、彼女は改札からかけてくる。


「ごめんなさい。遅れてしまって」

「いいんだ。待ち合わせをしているわけではないのだから」

「うん……」


以前、遥とここに来たときには、互いに距離の取り方がわからずに、

近付いてみたり、近付きすぎたと気にしてみたり、そんな時間を過ごしていた。

それでも、僕は、奥底に閉まっていた感情を揺り動かされ、久しぶりに涙を流した。


「『今日の出演者』をチェックしてきたけれど、バイオリンの男性だったわ」

「うん」

「バイオリンが聴きたかったの?」

「いや、そういうことではないんだ」


誰が演奏していても構わない。

僕が遥に見せたいのは、そこではないから。


「それなら、どうして『スレイド』に?」

「それは、後からわかるよ」


その後も、『スレイド』には一人で2度訪れた。

支配人さんから『TEA』さんに連絡をしてもらったこともあるし、

『TEA』さんと会い、話をしたこともあった。


そのたびに、僕の心が動かされたのは、

今思うと、偶然ではなかったということだろうか。



薄暗い階段を下向きに進み、ポツンとライトがついた場所に下りる。

重たい扉を開き、すでに演奏が始まっている店へ入った。

ウエイターが近付いてきたので、二人だと指で合図する。

僕達は、店の左側の席に案内され、揃って椅子に座った。


「何を飲む?」

「うん……」


『スレイド』へ行かないかと誘ったとき、遥はすぐにOKの返事をくれた。

なかなか休みをあわせられない僕達にとっては、こんなふうに外で会うだけでも、

立派なデートということになる。


「どうしたの?」

「どうしてここに来たのか、後で教えてくれると言われても、
なんだかとても気になって」


僕はウエイターを呼び、以前、二人でここに来たときに頼んだ、

『スレイド』のオリジナルワインを注文した。

ウエイターは頭を下げて、その場を離れていく。


「そうだよね、ごめん」

「ううん、謝ることではないのだけど……」

「実はね、あの手紙を受け取って、拓にすぐ連絡を取ろうと思ったんだ。
あいつが知っていることもあるだろうけれど、あいつが勘違いしていることもあるし」

「うん……」

「でも、遥が帰った後、ベッドで横になっていたら、思い出したことがあって」

「思い出したこと?」

「うん……」


バイオリンの演奏者は、テンポのいい曲を、楽しげに弾き続ける。

名前も知らない音楽家だけれど、

ここには、そんな新しい光りを応援しようとする人たちが、自然と集まり、

拍手という形で、エールを送っている。

僕達の前にワインが運ばれ、ちょうど曲が終わった。

彼は満足げに頭を下げ、僕も精一杯の拍手を送る。

舞台は休憩の時間に入るのか、明るめだった照明を少し落とした。


「ちょっと待っていて」

「どこに行くの?」

「行かないよ、すぐ戻る」


僕は席を立ち、以前、常連客から聞いた場所にあるアルバムを手に取った。

あれからまた厚みを増しているのは、

新しい演奏者たちの顔がここにおさまっているからだろう。


「アルバム?」

「うん。以前、ここに一人で来たときに、常連のおじさんが教えてくれたんだ。
『スレイド』の歴史がわかるアルバムだって」


僕は最初のページをめくり、この舞台に立てた人たちの写真がおさまっているのだと、

遥に説明した。遥は興味深そうにめくりながら、テレビで見たことがある人がいて、

髪型が今とは違っていると笑いはじめる。


「あ……『TEA』さん」

「うん」


『TEA』さんがこの舞台に上がっていたのは、もう30年以上前のことになる。

最初の写真ではショートだった髪が、

しばらくした後には、ロングにパーマがかかっていた。



1987年。

僕が生まれたのは、この年だ。



「遥……」

「何?」

「ここ……」


僕の指が指し示した場所を見た遥は、すぐに表情を変えた。

そう、僕が思い出したのは、『TEA』さんの写真の横に記されていた名前。





『木下朋子』





「これ……」

「そう、『TEA』さんの本名は、木下朋子なのだと、
以前、この場所に訪れてアルバムを見たときに、初めて知ったんだ。
でも、それ以来思い出すこともなかったけれど、あの手紙の『朋子』の名前を見て、
部屋で考えているとき、ふと思い出した」

「それなら、歩さんのお母さんって」

「わからない。そこまで結び付けていいのかどうかはわからないけれど、
でも、そう思うと、色々なことが不思議ではなくなって来るんだ」


そう、今まで不思議だと思っていた出来事が、全て一つの枠の中におさまっていく。


「遥と初めてここへ来た日、伯父に会っただろ」

「うん……」

「あの日、伯父はものすごく驚いた顔をした。
僕はてっきり、拓の相手と思っていた君が、
僕とここにいることを驚いたのだと思っていたけれど、もし……」



もし……



僕は、真剣な遥の表情を見る。

その先を口に出してしまっていいのだろうかという思いが、一瞬、頭をよぎった。



【23-4】

手紙の謎から、真実の扉が開くとき……
歩の前に見えてくる 『天使のはしご』。
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