1 才能の種類 【1-2】

【1-2】

扉が開き、小さなビニール袋をぶら下げた幹人が戻ってきた。

私は椅子から立ちあがる。


「ありがとう、ごめんね」

「あぁ……」


幹人は、袋を私に差し出した。

その代わりに私が持っていた『デザイン画』を取り、少し嫌そうな顔をする。


「……ったく。いつも言っているだろう。
二人でいる時には、仕事のことを考えないでくれって」

「ごめん。バッグの中に、紙が見えて、つい」


そうだった。幹人は私が仕事をことを話したり、考えたりすることが好きではない。

プライベートとは割り切ってくれと、いつも言われていた。


「生真面目なのは、知花のいいところだけれど……」

「うん、ごめん。わかって……」


幹人の腕が、私の腰にまわっていく。

触れられることになれた私の心と体が、少しずつ鼓動を速めた。


「君は、俺に人生を預けるつもりになってくれたのだろう」

「……幹人」

「知花……もう、これからは先のことを考えよう。
会社のことは、残る人たちが考えてくれたら済むことだ」


私の首筋に、幹人のささやく言葉と、唇が触れた。

届けられる言葉の熱に、私はただ頷いていく。

私の素直な反応に、幹人は納得した笑顔を見せ、デザイン画を戻してくれた。





素肌のまま、ベッドの上で幹人の腕に包まれていると、

こうして迷っていることがおかしく思えてしまう。


幹人が好んで吸うため、嗅ぎなれたタバコの香りは『WOLFのメンソール』。


身体に残された余韻と一緒に、ゆっくりと吸い込み、心に広げていく。


「知花」

「何?」

「これから、出張が増えそうだ」

「出張?」

「あぁ……。期待されている従業員だからね。色々動けと言われるわけ」


『期待』

確かに、幹人はそういう存在だろう。同僚としても先輩としてもそばにいてくれたら、

決断力もあるので、仕事がはかどりそうな気がする。


「ねぇ、自分で言う? 普通」

「普通?」

「そうよ」

「残念だけれど、普通じゃないよ、俺だからさ」


幹人はそう言いながら体をこちらへ向けると、少し前の時間を呼び戻すように、

また私に触れ始めた。止めようとした指はすぐに奪われ、

次に命令がいくはずの脚は、先に自由を奪われる。


「幹人……」


そう……彼は普通ではないのだろう。

私など、どう頑張ろうとしても、手のひらで転がされてしまう。


「知花の香りが……誘っているんだ」


心を揺さぶられるような台詞が耳元に届き、私は彼の思いに応えるため、

もう一度道を開けた。





幹人が働くような、大手に入社し、

デザインがどんどん採用されるような才能の持ち主なら、

私の生き方も、もっと別の形を見せていたのかもしれないが、

神様は、そんなことをしてはくれなかった。

小さな小さなデザイン会社。ここらあたりで夢を捨て、現実を見つめることは、

正しい選択なはず。


「おはようございます」


私は事務所に行く前に、通りを挟んだ側にある喫茶店『COLOR』へ向かった。

お気に入りを1杯、飲んで行きたい。


「あら、知花ちゃん。今朝も早いのね」

「ラッシュで押しつぶされるのがどうも苦手で。それに、今日は特別」

「特別?」

「はい」


そう、今日は特別。

小さな会社だからこそ、一人にかかる負担も大きい。

あまりギリギリになってから退職願を出すのは失礼だとそう思い、

届けを社長に出すつもりだった。


「何かしら、知花ちゃんの特別って」

「それは秘密ですよ、秘密」

「あら、秘密なの?」

「はい……あぁ、それよりねぇ、聖子さん。どうですか?
使いにくくなっている場所とか、あります?」

「ないない、とってもグッドよ」

「そうですか」


デザイナーとしては才能がなくて、デザインもなかなか採用されなかった私だけれど、

このお店で使ってくれている椅子やテーブルには、色々と関われた。

伊吹さんの作品と、社長の作品の中に、丸みをつける位置や角度など、

私流を取り入れてもらった。

あの頃はまだ、働き始めたばかりで、今考えるとデザインとは何かなど、

あまりわかっていなかったのに、勢いだけはあった気がする。


「はい、カフェオレ」

「ありがとうございます」


店の一番奥にある細身の4段チェスト。

聖子さんは紅茶やコーヒーのカップを入れてくれている。

そう、あれだけは……


「ねぇ、知花ちゃん。そういえば『DOデザイン』新人が入るの?」

「新人? いえ、何も聞いていませんが」

「あらあら……じゃぁ、違うのかしら」


新人が入社する話など、私は聞いたことがない。

私が退職願いを出してからならともかく、今、採用する理由などないだろう。


「それなら今、私が言ったのはナイショにして」

「ナイショ?」


喫茶店『COLOR』の奥さん『矢沢聖子』さんは、

指を口の前に1本立て、ウインクをした。


「うーん……」


自分のことは語りたくないけれど、これは聞き逃したくない。

私は同じようなポーズを取りながら、逆に話の続きをお願いした。




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《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【長峰知花】
この物語の主人公。年齢は28歳。
デザインの仕事が好きなのだが、自分の思いを言葉に出すのが苦手。
料理、裁縫など、女性的な仕事は得意。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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