1 才能の種類 【1-5】

【1-5】

「それじゃ、お先に」

「あ、お疲れ様です」


伊吹さんが先に退社し、事務所の中には私が一人だけになった。

今日は幹人も仕事で遅くなるらしく、部屋へ行くことは出来ないと、

昼頃にメールがあったので、特別に慌てて帰る必要もないわけで、

提出するように言われている書類を書き上げてから帰るつもりだった。


「ふぅ……」


事務的な作業をこなすことは、嫌いではない。

資料などから、素材の写真を引き出すのも、結構早くできる。

同じデザイナーの立場なのだけれど、どちらかというとここのところ、

サブ的な役割を、自らこなすことが増えていた。



『私がやっておきます』



小菅さんも伊吹さんも、もちろん押し付けてくるわけではない。

私が勝手に引き受けてしまう。

こんなことでも貢献しているという気持ちが、少しはもてるから。


「……出来た」


プリンターへデータを送り、マウスでクリックする。

あとは印刷された紙を束ね、社長の机に置くだけ。

動いている機械の音を聞きながら、私はバッグから『退職願』を取り出し、

机の一番上の引き出しに入れていく。

明日こそ、ちゃんと出さなくちゃ。


視線が自然と下を向き、そう、あの紙が目に入った。

三村さんが、あっという間に仕上げたデザイン画。

私は手を伸ばし、ゴミ箱から紙を拾うと、机の上に広げてしまう。


少し濃い目のデザイン用鉛筆なので、こすれてしまった感はあるけれど、

でも、広げた瞬間から、どこかここではない場所が浮かび始めるような気がした。

この椅子の大きさは、どれくらいだろう。

もし脚の太さがそれほどでもないのなら、少しクッション部分が厚すぎる気がする。

座った時に、心地よく感じる厚みは、そう……これくらい。

私の右手は色鉛筆や色つけのペンに伸びる。

紙の中で音を奏でる家具たちに、勝手に色を塗っていく。


「その代わり、背もたれは……」


このデザインなら、年配の方は選ばない。

それならば遊び心をもっと加えて、思い切り普段の生活を忘れるのも悪くない。




『素敵な紅茶が入りました』

『君も……ここへ座ったら?』

『えぇ……』




若い夫婦が、仕事の休みに香りの心地いい紅茶を飲みながら、

普段上司に言えない愚痴をこぼし、笑いあう。

だとしたら、安定感を保てるように、脚は……



ガシャンという音が聞こえ、扉が開き、三村さんが姿を見せた。

もう、みんな帰ってしまったと思っていたのに。


「あ……お疲れ様です」

「お疲れ様……です」


私は、音を立てずに紙をもう一度丸め、顔は動かさないまま、

そっとゴミ箱へ落とす。


「今時なんですね」

「今時?」

「はい。タバコを吸うのに、わざわざ屋上へ向かうなんて。
喫煙者にはどこも厳しいな」

「あ、そうですね……」

「まぁ、仕方がないか。大企業くらいでしょ、ちゃんとした喫煙所なんて作るのは」


どうしよう、鼓動が速くなっている。落ち着かなくちゃ。


「三村さんも、タバコ吸うのですか」

「はい。不健康な男ですよ、酒も飲みますしね」


三村さんは、そう言いながら回り込み、私の隣に座った。

私は、あの絵に勝手に色をつけたことがばれないかと、

何度もゴミ箱を確認してしまう。


「社長が言っていたことは、本当のことです」

「言っていたこと?」

「俺、『COLOR』で偶然コーヒーを飲んで、で、
目の前に置いてあったチェストに、ガッチリ気持ちを持っていかれて……」



『COLOR』のチェスト。

私が入社2年目に作ったもの。

あの頃は確かに、これから色々なことが出来ると、気持ちが前向きだったっけ。


「すごく懐かしいような、それでいて素材に寄り添う……。
あぁ、こういうデザインをする人が、この会社にもいるのか……と。
俺、長峰さんと一緒に仕事が出来るなんて、メチャクチャ嬉しいんで。
色々と、アイデア分けてください。で、きっといつか……」



『きっといつか……』



いつかって……いつのこと?



「あなたにわけるものなんて、私にはないですから」

「……は?」


あんなに見事なデザイン画を描くあなたに、

デザイナーとして落ちこぼれの私が、何を分け与えると言うのだろう。


「私、才能ないんです。だから仕事も辞めます」

「辞める? いつですか」

「半年後です」

「半年後?」


こんなこと、ここで言うつもりなどないのに、どんどん言葉が出て行ってしまう。

三村さんの顔、まともに見られない。


「どうして辞めるのですか」

「……結婚するので」

「結婚?」

「えぇ。もうデザインは十分だと思って。結局、自由ではないでしょ。
商売の方向ばかり見なければならないから、面白みがなくなったの」



ウソばっかり。



ウソばかりを並べ、辞めなければいけないのだと、自分に言い聞かせている。

私は、幹人の奥さんになって、彼を支えていく。

それが……



ここで、仕事を続けるよりも、絶対に幸せだから。




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《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【長峰知花】
この物語の主人公。年齢は28歳。
デザインの仕事が好きなのだが、自分の思いを言葉に出すのが苦手。
料理、裁縫など、女性的な仕事は得意。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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