2 二度目の謝罪 【2-1】

2 二度目の謝罪

【2-1】

今まで静かに走っていた電車が大きな橋を渡り、ガタンゴトンと音をさせた。

私の部屋がある駅まで、あと少し。

ホームに到着した車内からは、私と同じように仕事を終えた人たちが、

疲れた体を一歩ずつ安らぎの場所へと向かわせる。

自動改札を抜け、数台のタクシーを横目に見ながら、灯りの下を進んだ。



私の作品を見て、感動してくれた三村さんが、『DOデザイン』に入社した。

ウソみたいな話だけれど、本人からそう言われたのだから、疑うのもおかしい。

それでも、1杯のコーヒーが入る短い時間の中で、さらりと描いたデザインに、

圧倒的に、仕事が出来るという姿をいきなり見せられた。

その悔しさと、これからどんどんチャレンジする時間があるという羨ましさとが混じり、

私は、最低のことをした。



大好きで仕方がないデザインの仕事を、ウソとは言え、バカにするなんて……



『最低』で、『おもしろくもない』のは私。



明日、謝らなくちゃ。



後悔と苦しさで進める足は、重い鉛のようだった。





『退職願、出さなかったのか』

「うん」

『どうしたんだよ、何かあったのか』

「何かあったというか、新入社員が入ってきてバタバタしていたの。
でも、明日は出すから、必ず」


夜11時。

だいたい幹人からの電話は、これくらいの時間が多い。


『まぁ、いいよ。実際に辞めるのは半年後のことだし。
規定では退社2ヶ月前なんだろ』

「うん……でも、早めに言わないと、色々と大変だし」

『大変?』

「そう。デザインの仕事は、受注されてから完成まで結構長くかかるのよ。
途中まで参加しておいて、急に消えるって言うのは、失礼な気がして」


理由は、それだけではないのだけれど。


『まぁ、それもそうだね。でも、逆に新人が入ったのならよかったな。
これで知花もスッキリ辞められるし』

「……うん」


『退職』をするという未来を、自分にきちんと納得させたいから、

ギリギリになってまで悩むと、違う自分の心が、顔を出しそうで嫌だから。

私は、自分の心に問いかけないまま、前にだけ進もうとしている。


『俺さぁ、挨拶、江戸川部長にと思っているんだよね。
今から色々とお願いしておけば、カナダから戻ったときに、仕事しやすいだろうし』

「……うん」


挨拶というのは、結婚式でのことだろう。

幹人の話題は、近頃、カナダのことか、結婚式でのことが増えた。

私は長峰から、黒田になる。


『知花……』

「何?」

『俺さぁ、このまま絶対にいいレールに乗るからな』

「うん」


幹人は幹人の土俵で、精一杯頑張っている。

三村さんの言っていた通り、私がいなくなっても、デザインがやりたい人は、

これからもどんどん入ってくるだろう。

でも、幹人を支えられるのは、私なのだから。



……考えることなんて、何もない。



『来月になったら互いの家に、挨拶に行こう。それを済ませて、式場決めて……』

「うん」


結婚は、二人だけの問題ではない。

これからやらなければならないことが、どんどん増えてくる。

悩んだり、立ち止まったりしている暇なんて、なくなるだろう。


『じゃぁ、おやすみ』

「うん、おやすみ」


『両家への挨拶』

幹人の家には、1度だけお邪魔したことがある。

お父さんは確か大手の家電メーカーにお勤めで、お母さんは専業主婦。

男2人の兄弟で、彼は長男。弟さんは5つ違い。


「明日は、晴れるかな」


カーテンを開くと、あまり星は見えず、

ただ、どこか不機嫌そうな私の顔だけが、窓に映っていた。





「退職?」

「はい。すみません、朝の忙しいときに」

「いや……いやいや、そういうことはいいのだけれど、驚いたな。
いやぁ……それは残念だ」

「ありがとうございます」


次の日、私は忘れないうちに、『退職願』を社長に渡した。

デザインの仕事は、これからなのにと伊吹さんも付き合ってくれる。


「結婚したからといって、辞める必要ないだろう。小菅だって続けているぞ」

「あ……はい」


そう確かに、小菅さんは結婚をしても仕事を続けている。

私にとって、理想の人。


「伊吹さん。知花ちゃんの相手は、『林田家具』のエリートですよ。
女としての幸せは、ちゃんと掴むんですから、あれこれ言わないでください」

「優葉ちゃん」


私が、幹人と付き合っていることを知っている優葉ちゃんは、

コーヒーを入れながら、ペロリと舌を出す。


「『林田家具』のエリートなのか、相手は」

「いえ、『エリート』っていうか……」

「なんだよ長峰。俺たちが一生懸命仕事をしている中で、
お前は相手を見つけていたわけだな」

「いえ、そういうわけでは」


伊吹さんと社長が、顔を見合わせて笑い出す。

のんびりしているように見えた長峰が、よくやったなどと、

話は別方向に動き出しそうになった。




【2-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【黒田幹人】
知花の婚約者。年齢は32歳。
大手家具メーカー『林田家具』のトップ営業マンという自信もあり、
女性を引っ張っていくタイプ。

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