2 二度目の謝罪 【2-4】

【2-4】

「はい、カフェオレ」

「ありがとうございます」

「珍しいわね、こんな時間に知花ちゃんがここに来るなんて」

「すみません」


私が逃げ込んだのは、事務所の向かいにある『COLOR』だった。

聖子さんの後ろには、あの『チェスト』がある。

事務所に入って2年目に、初めて一人で任された仕事が、あの『チェスト』だった。

設計図を描くことも、色を決めることも、板が一枚ずつ切れていくことも、

みんな新鮮で、毎日が楽しかった。


「聖子さん」

「はいはい」

「あの『チェスト』いくらだったら、売ってくれますか?」

「ん? やだ知花ちゃん。どうしたのよ」


どうしたのだろうか。

そんなこと、一度も思ったことがなかったのに。


「昨日、三村君だっけ? ほら、あの新人君。彼も同じことを言ったのよ、ここで」

「昨日?」

「そう、仕事を終えて、挨拶に来ましたって言って。で、ここに座って、
じっと『チェスト』を見ながら、あれ、いくらなら売ってくれますかって……」

「三村さんがですか」

「そうなのよ。『DOデザイン』に入ったから、怪しいものではないでしょって、
彼、笑いながら」


昨日、仕事を終えた後だとすると、私が彼のデザインに色をつけていた頃、

ここで話をしていたって、ことなのだろうか。


「だから、知花ちゃんにも売れません」

「エ……」

「三村君にも売れないって断ったからね、あなたに売ってしまったらかわいそうでしょ」

「聖子さん……」

「知花ちゃんにも、三村君にも大切なものなら、いつでも見に来て頂戴。
ほら、こうしてコーヒーを飲んでもらうことも出来るしさ」


聖子さんはそういうと、楽しそうに笑い出し、別のお客様のために、

コーヒーを入れ始める。



三村さんは、何を見てくれているのだろう。

この『チェスト』が、彼にどう感動を与えたのだろう。




知りたい……




「ごちそうさまでした」

「あ、はいはい」


私は『COLOR』を出ると、春の太陽に向かって、背伸びする。

そして、飛び出してしまった事務所に向かって、もう一度足を送り出した。





「ただいま戻りました」

「おかえり」

「すみません、飛び出して」

「いえいえ、気分転換になりましたか」

「……はい」


伊吹さんと、もう一人の先輩、小菅さんが揃って出迎えてくれた。

事務の優葉ちゃんが、ほっとしたという表情を見せてくれる。


「優葉ちゃん、三村さんは?」

「三村さんはおそらく……」


優葉ちゃんの指は、ビルの屋上を指していた。





『全館禁煙』



3年前から、急に決まったらしく、ビルの中には喫煙所など存在しない。

そのため、大家さんは屋上を『喫煙所』として提供してくれた。

このビルに入っている企業は5つ。

それぞれが、自前の灰皿代わりの小さな缶を持っていて、

仕事の終わりに片付けて帰るのがルール。

『DOデザイン』では、伊吹さん、社長、そして三村さん。

3人が喫煙者なので、当番も決まっているはず。


「ふぅ……」


三村さんの頬をひっぱたいてから、1時間くらいしか経っていない。

自分が悪いことをしたという思いは、それほどないけれど、

それでも叩いたことはやはりまずい。

人前で、しかも女性の私が、男性の頬を叩くなんて、

プライドってものを傷つけたことは、間違いないだろう。


「すみません……でした」


本日、二回目の言葉を言うために、屋上へ出る扉の前に立ち止まる。


「ごめんなさい……の方がいいかな」


覚悟を決めて扉を開けると、3人がけのベンチに、三村さんが座っていた。

背中に向かってゆっくり近付き、何をしているのかと覗き込むと、

膝の上には、雑誌が乗っていた。



『アトリエール』



そう、色々なデザイン家具を掲載する専門雑誌。

私も、時間が出来ると、よく読んでいたっけ。


「あの……三村さん。さっきはごめんなさい。
頬を叩くなんて、非常識なことをしてしまったのは、きちんと謝罪します」


三村さんは、こちらを振り返ってはくれない。

今朝もそうだった。最初は黙って聞き続けていたのだから、今回も……


「叩いてしまったことは、本当に私が悪いと思いますけれど、でも、
あのデザインを、私が手伝ったように言われたのは、やはり納得できません」


そう、今朝とは違う。

ウソをついた昨日とは違うのだから。

私は、発言を撤回することはしない。

あの作品は、三村さんのもので、私が手伝ったと評価を受けるのは困る。


「……三村さん」


バサッと音が聞こえ、三村さんの膝から『アトリエール』が落ちた。




【2-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【黒田幹人】
知花の婚約者。年齢は32歳。
大手家具メーカー『林田家具』のトップ営業マンという自信もあり、
女性を引っ張っていくタイプ。

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