3 水と油 【3-5】

【3-5】

「さて、行きましょうか」

「あの……」

「何か、忘れ物でもありますか?」

「いえ、そうではなくて……」


忘れ物があるわけではなく、想像していたものと違っていたことに驚いている。


「これで行くのですか?」

「まずいですか? 向こうから持ち帰りたいものがあるので」

「はぁ……」


小さな事務所だけれど、一応社員が使える軽自動車があるため、

私はすっかりそれに乗っていくつもりになっていた。

しかし、三村さんが用意してくれたのは、軽は軽でも『軽トラック』


「デートではないですから、実用性があるのが一番でしょう」


確かに、私たちはデートに行くわけではないので、納得し助手席に座る。

乗用車よりも座席が高いので、前がよく見えた。

それにしても、トラックなんて乗るのは久しぶり。

昔、小さい頃、迫田のおじいちゃんによく乗せてもらった。

舗装されていない道を走ると、体がポンポン浮いたようになり、

シートベルトが余りそうな私に、おじいちゃんは『大丈夫か』と何度も聞いてきて……

私はそのたび、大丈夫だと返事をした。父の車では見えないものが見えて、

いつもと違うことが、楽しくて仕方がなかったから……



飛び出た街の道路は、いつもよりなぜか空いている。

それでも信号にはひっかかるため、その度に少しだけドキドキした。


「軽トラックって、乗用車よりも前が近くなるので、
停止するときちょっと怖かったりしませんか?」


乗用車にはボンネットがあるため、運転席の先が長いけれど、

軽トラックはストンとまっすぐ落ちたような作り。だから見える景色も違う。

前の車にものすごく近付く気がして、ガツンと後ろにぶつかるのではないかと、

つい考えてしまう。


「怖い?」

「前にドーンと、ぶつかりそうで……」

「あぁ……そういう意味ですね」

「はい」


信号がまた青に代わり、車はスピードをあげていく。

コンクリートの景色が多かった街中から、だんだんと緑が増えてきた。

おじいちゃんと田舎の山道を登りながら、

視界が森の中にある木だけになっていく時間が、

私はたまらなく好きだったことを思い出す。


高くまっすぐに伸びていく木が、何十年もの月日をかけ、

たくましく成長していくという話を、何度も聞きながら、

見ることなど出来ない時間の先を、どうにか追ってみたいと思ったこともあった。



『いいか、知花。木は生きているんだぞ』



何も動かないし、面白みもない森の中。

そんな場所に長い間いても飽きない私に、伯母はよく驚いていた。

風の音も、雨の残り香も、私は好きだったから、飽きるなんて感情、

持ったことがなかったけれど。



『おじいちゃん、寂しがるけどね』



おじいちゃん……



「先に『宮村さん』の家に向かいます。戸波さん、待っていてくれるそうなので」

「戸波さん?」

「あの箪笥を作った人です」

「あぁ……はい」


思い出を呼び戻し、少しだけセンチメンタルになった心は、

現実の楽しさを前に、また持ち直す。



あの桐箪笥を見ることが出来るのは、

三村さんがその戸波さんとお知り合いだからだった。

しかも、わざわざ注文主の宮村さんの家で、直接見せてもらえる。


「三村さんと戸波さんは、どういうお知り合いですか」


車の中で、何も話さないわけにはいかないので、無難にそんな質問をぶつけてみた。

素敵な作品を作った人が、どんな経歴を持つ人なのか、少し気になる。


「戸波さんは、以前お世話になった人のお弟子さんです。
元々、建築に興味があったようですけど、
大学時代に入り込んだ大工のアルバイト仕事にはまって、それを身に着けているうちに、
家具のデザインの方へ動いたという……おもしろい人で」

「大工さん……ですか」

「まぁ、棟梁になるようなところまでは行ってないと思いますが、
今でも、頼まれたら建築の現場には顔を出しているようですよ。
昔のように、親方がどんと構えて家を造ることは減っていて、簡単に言えば、
組み立て式のような家が増えてますからね」

「あぁ……そうですね」


建築の世界も、どんどん確かに変わってきている。


「でも、木に関しては見る目があるので、それを生かして、
ちょっとした家具を作っていたら、そっちが評判になってしまって、
今じゃ、家具作りがメインのようです」


大工も出来て、木の知識もあって、それにデザインまで……

才能を入れる箱が、人の倍以上ありそうな人だ。


「後から工場も立ち寄っていいって、そう言ってましたから……」

「いいんですか?」

「はい……行くでしょ」

「行きます、行きます」


『仕事』の一貫だとはわかっているけれど、なんだか遠足のように楽しくなってきた。

こうなると、こうして車に乗っている時間が、もったいない。

時計に目をやると、まだ20分しか経っていなかった。

あと1時間以上もある。

目の前の信号は青だけれど、その先まで行けるだろうか。


「クッ……」


楽しくなってきた気持ちの中に、三村さんの抑えた笑い声が入ってきた。

どうしてここで笑われるのだろう。

楽しく上向きになった気持ちが、一気に冷めていく。


「何か、私、おかしいですか」

「いやいや、おかしいわけではないです。ただ、長峰さんって子供みたいだなと。
急に目がキラキラして」

「……子供?」

「乗り込む前は、いつものように静かな顔をしていたのに、戸波さんの話をしたら、
急に明るくなりましたよ。そうそう、遠足のバスに乗っている園児みたいです」



園児?



「あ……園児は褒めすぎか」



褒めていない。

20代後半になった女性に向かって、『園児』のたとえが褒め言葉だと思えるセンスが、

全く理解できない。


「三村さんって、友達少ないでしょ」

「友達ですか。まぁ、そうですね、少ないと思います」

「ですよね」



……だと思いました。



それだけ思い切り言いたいことを言っていたら、嫌になる人だって多いだろう。

自分の意見を、しっかり言えることはいいことだけれど、

たまには人に気をつかって欲しい。

なんとなくつながっていた会話が、この『園児発言』によって、

完全にちぎられてしまった。




【3-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【三村紘生】
知花の同僚。年齢は31歳。
外国を数年旅しながら、デザインの仕事に携わってきた。
知花の『チェスト』に感動し、『DOデザイン』に入社。まだまだ謎の多い人物。

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