4 木片の微笑み 【4-1】

4 木片の微笑み

【4-1】

「はぁ……」


車を下りた瞬間から、木の心地よい香りが私に向かってきた。

木屑、それから木片、チップ材、

私が小さい頃、迫田のおじいちゃんのところへ行くと、

よくこういったもので遊ばせてくれた。

この香りの中にいるだけで、心から癒される。


「長峰さん、こっちにどうぞ」

「はい」


私は戸波さんの横にぴったりとつき、工場の中を見せてもらった。

それにしても、質のよさそうな丸太が転がっている。

年輪を見ると、だいたいの樹齢がわかるものだ。

ブナ、クリ、杉などの天然木。集成材の中にも色々とあった。

この少し白がかったものは、トチだろう。リップルマークがよくわかる。

このようなチャンスはなかなかないので、私は戸波さんにあれこれ、

質問をぶつけ、それに答えてもらった。


「あぁ、そうですか、そういうことなのですね」

「はい」


わからないことがわかると、単純に嬉しい。

あとでもう一度調べなおしてみよう。


「それにしても、長峰さんはずいぶん詳しいですね、木について」

「いえ、戸波さんのような正確な知識ではないですけれど、
私の祖父が、和歌山で長く林業に携わっているので。自然と身についたというか……」

「和歌山? うわぁ……どこですか」

「あの、日高川町です」

「あぁ……はい。備長炭で有名な」

「はい。ご存じですか?」

「もちろん知っていますよ。まだ美山村の頃に、2度ほど行ったことがあります。
いい木材が多いし、みなさんいい人が多くて。もしかしたら長峰さんのおじいさんと、
話くらいしているかもしれませんね。結構山の奥まで、入り込んだ記憶もあるし」


才能も全く違う戸波さんと、ほんの少しだけれど共通点があった気がして、

嬉しくなった。


「それだけ知識がしっかりとあれば、作品にも役立つでしょ」

「それが……」


知識はあるのだけれど、『ひらめき』が足りない。

私はそう正直に話してみる。


「ひらめきかぁ……」

「はい。自分で自信のあるものが、こう、出てこないのです。
思ってみても、形に出来なくて、こうだって意見を押し通せなくて」


デザインが出来たときには100%でも、時間が進むごとに自信がなくなり、

結局しぼんでしまう。


「うーん……でも、そんなものは誰でも変わらないはずですよ。
どうせデザインなんて好きになる人と、合わないと思う人と必ずいますから。
そう考えれば、楽でしょ」


好きになる人と合わない人。


「だって、生きていくこともそう。世の中全ての人に好かれようとしたら、
きっと自分なんてなくなってしまうしね」


戸波さんはそういうと、少し曲線がかけている木の板を軽く叩いた。

デザインと生きていくことが一緒。

確かに、世の中全ての人に好かれようなんて、考えたことはない。

そういう発想、今までしたことはなかった。


「おい、紘生。お前、これを持っていくんだろ」

「あ……はい」


そうだった。私すっかり戸波さんにくっついていたけれど、

三村さんと一緒だったこと、忘れていた。

三村さんは、木片に何やら描いているようで、切り株を椅子代わりにし、座っている。


「紘生、お前見ないのか、実物」

「ここから見てますよ。戸波さんの出してくるものですから、間違いないです」

「……なんだそれ、全く調子のいいヤツだ」


戸波さんはそういうと、この板をトラックに乗せて帰るのだと、そう教えてくれた。

切り株を加工したものだろうか、表面はきれいに削られている。


「でもね、長峰さんのように、きちんと現実を見てアドバイスをくれる人がいるのは、
あいつにとって大きいことだな、きっと」


戸波さんは、そばにあった布を取り、木の面を軽く磨き始める。


「紘生は、本当にこの仕事が好きで、実力も申し分ないのだけれど、
思いが強すぎて、突っ走りすぎるところがあるんですよ。
だから、隣でしっかり冷静な目を持てる人がいれば、
きっと、互いにいい効果を生み出すはずです」


戸波さんはそういうと、三村さんの方を見ながら、腰に手を置いた。

三村さんは、描くのをやめ、私たちの視線に気付き、同じようなポーズを取る。


「戸波さん、また何かくだらないことを言っているわけではないですよね」

「あぁ、くだらなくはないね。お前の話をしたけれど」

「……ほぉ」


三村さんは、それは放っておけないと言いながら、

こちらに向かって歩いてきた。

そして、私に両手を広げたくらいのサイズに、カットされた木片を渡してくる。



この顔って……



「いいですね、これ」

「だろ、大きさもほぼぴったりだったから、表面は磨いておいたよ」

「すみません、何から何まで」

「本当だよ、お前。忙しい時期だったら蹴り飛ばすようなお願い事だ」

「あはは……」


三村さんは、あらためてその板を持ち、軽トラックの荷台に乗せた。

戸波さんは傷つかないよう、古い毛布を三村さんに放り投げ、

つつんでいくようにと指示をする。


「あ、すみません」

「あとの頼まれものはこっちだ」

「はい」


力仕事を手伝うことは無理なので、私はその場に残った。

三村さんから手渡された木片には、木に印をつけていくためのチョークで、

人の横顔が描いてある。

髪型、洋服の襟、きっとこれは私だろう。





笑顔いっぱいの……私。





「長峰さん、こっちでお茶にしよう」

「はい」


私はその木片をトラックの助手席に乗せ、戸波さんの工場の中に、遅れて入った。




【4-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【土居信太郎】
『DOデザイン』の社長。年齢50歳。車に酔いやすい。
社員の気持ちを理解し、心を広く持った兄貴のような存在。
経理担当の塩野明恵は恋人だけれど、まだ入籍はしていない。

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