4 木片の微笑み 【4-6】

【4-6】

時計の針は、どんなに願っても、速くも遅くもならない。

人の感情など無視したまま、どこに住む人にも平等に『時』を与える。

その週末は予定通り、私は幹人と二人で、黒田家に向かうことになった。

この間、幹人が緊張していたように、私も緊張しているのだろう、

手に汗ばかりをかいてしまう。

サイドミラーに映る自分の洋服に、これでよかったのかと自問自答した。

派手ではないだろうけれど、もう少し華やかな色を選ぶべきだったかもしれない。


「知花……」

「エ……何?」

「あのさ、緊張するなとは言わないよ。俺もそうだったし、知花の性格からしたら、
それは無理なことだろうからさ」

「うん」

「でも、俺がフォローするから大丈夫だってことも、ちゃんと言っておく」

「うん」

「知花を選んだのは、俺。それがあれば十分だ」


そう。私には幹人がついている。


「うん……」

「なるべく普段どおりにしてくれたらそれでいいんだ。
俺は、両親に、知花のいいところを見てもらいたいからさ」


私のいいところ。


「知花がどんな女性で、俺が結婚したいと思ったのか、それなりに話してあるし、
わかってくれているから」

「……ありがとう」

「いえいえ」


幹人の力強い発言に助けられ、気持ちを落ち着かせたおかげで、

私はご両親にしっかりと挨拶をし、話の中に入ることも出来た。

5つ違いの幹人の弟さんにも、実は結婚を考えている女性がいるらしいことが、

話の中でわかってくる。


「兄貴たちが秋の予定だろ、だから俺は来年の春あたりにしようと思っているんだ」

「ほぉ、出来たら3月にしてくれよ。俺たち『カナダ』に行くからな」

「『カナダ』? へぇ……仕事?」

「当たり前だろ。新婚旅行なら3月まで待つか」


私にも弟がいるけれど、異性だからか、話し方が違って見えた。

理解者でもあり、ライバルでもある関係は、やはり男同士だからだろう。


「知花さん」

「はい」

「あなた、お仕事をされているのでしょ」

「はい……」

「大丈夫ですよ、母さん。知花はすでに『退職願』を出しましたし、
会社にも受理してもらっています」

「あ、そうなの。それなら安心したわ」


幹人のお母さんは、長い間専業主婦をしてきた人だ。

ボランティアや趣味に時間を使うようになったのは、

子供たちが中学生になった頃だったと、当時を振り返る。


「まぁ、経済的な事情もあるから、共働きが悪いとは言いませんけれど、
女性の仕事はまず家庭を守ること、子供を育てること、
旦那様が安心して仕事が出来る環境を、築くことですからね」

「はい……」


幹人のお父さんは、家電大手に勤めている。

元々、ここあたりの地主らしく、家も改築をされ綺麗になっているが、

先代から受け継いでいるものだという。

『守る』という意識が強いのも、当たり前だろう。


「知花さん、幹人をよろしくお願いしますね」

「……はい」


幹人がこの日のために予約をしていたため、

私たちは車で30分ほどの場所にあるレストランへ足を運んだ。

ご両親と弟さんは別の車に乗り、店に着く。

私たちが席に着くと、すぐにフルコースが始まった。

初めこそ、緊張の中にいた私だったが、色々なことを話しているうちに、

自然と笑顔になる時間も増え、食事会は和やかな中で終了する。


「それじゃ……」

「ありがとうございました」


私たちはその店に残り、ご両親と弟さんだけが帰っていく。

幹人は手を振ってみなさんを見送ると、私の右手をそっとつかんだ。


「行こう……」

「うん。ねぇ、幹人。どうして一緒に帰らなかったの?
泊まる準備をしてくれって言うから、私、幹人の家に泊まるのかと思っていたのに、
どういうこと?」

「こういうこと」


幹人の後をついていくと、レストランを抜けたところに階段が続き、

その上にはホテルがあるようだった。

今日はすでに夜が更けているけれど、明日になれば海からの日の出が見えると、

フロントの女性が教えてくれる。


「ホテルなの? ここ」

「あぁ……うちに泊まると、知花が緊張し続けるだろ。
だから、俺たちはここに泊まるからって、もう先に話しておいた」


フロントの女性からカギを受け取り、幹人と二人でエレベーターに乗る。

3階には3部屋があり、私たちの予約した部屋は、洋室の作りになっていた。

カーテンから見える景色は、確かに海があり、

明日の朝、どういう光景が浮かぶのか予想がつく。


「知花」

「何?」

「この間、知花の家に挨拶に行った日、罪悪感が責任感になったって言ったよね、俺」

「うん」

「今日、うちの親に挨拶してさらに充実感が増えた。いや、満足感かな」


幹人の両手が、そっと私自身を包んでいく。

いつもの腕なのに、いつものことなのに、見えている景色が違うからか、

鼓動が1.5倍くらい速く感じる。


「知花は、俺のものだって……心の底から、そう思える」

「……幹人」

「眠りに落ちる瞬間まで……知花を抱きしめていたい」


幹人のかけてくれた言葉が、重ねてくれた唇が、私をしっかりと包み込んだ。

不安定な愛でも恋でもなく、私たちは未来を見て生きていく。



これからの長い人生、あなたを信じ生きていく。



「ねぇ……」


このままではなく、シャワーを浴びたいと言う台詞は、

首筋に移る熱いキスに阻まれ、吐息になって落ちていった。

広いベッドの上で、私はただ幹人に寄り添っていく。



『この人は私を幸せにしてくれる』



そんな強い思いの中で、私は目を閉じた。




【5-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【土居信太郎】
『DOデザイン』の社長。年齢50歳。車に酔いやすい。
社員の気持ちを理解し、心を広く持った兄貴のような存在。
経理担当の塩野明恵は恋人だけれど、まだ入籍はしていない。

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コメント

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忍び寄る足音に・・・

こんばんは

着々と結婚へと近づいているのに、読み手はその後に訪れる展開を感じ取っていて、
あぁ・・・どきどき、そわそわ、こわごわ読んでます。
波乱はいつやって来るのかしら、(すでに妄想中 ^^)

幹人さんがモラハラな彼に見えてしまうのは、私がいまかいまかと波乱を期待しているからでしょうね。

次回を楽しみに待ってます!

女心は揺れるのです

なでしこちゃん、こんばんは

どきどき、そわそわ、こわごわなのね(笑)
1話を6話にしているので、短くてなかなか展開していませんが、
今の部分も、これから先に色々と関わってくるので、
じっくりお付き合いください。

>幹人さんがモラハラな彼に見えてしまうのは、
 私がいまかいまかと波乱を期待しているからでしょうね。

あはは……そうかもね。
幹人は自分に自信を持っている男だから、知花をリードしたいのです。

コメント、ありがとう