8 素直な気持ち 【8-2】

【8-2】

「でも、高校に入ったあたりから、自分の思いは別の場所にある気がし始めて、
一人であれこれ考えることが増えました。そう、こんな公園に座って、
ベンチの形を考えてみたり、デパートの家具売り場で一日中過ごしてみたり、
俺は家の商売とは別の生き方がしたいと、そう思うようになって」


ベンチの形を見たり、家具売り場が楽しいと思うこと、確かにわかる。

私も、ホームセンターなどで、売り場を歩くのが大好きだったから。

何も形になっていない板を見ているだけで、その模様を見ているだけで、

楽しくなってしまう。


「でも、俺が商売を継ぐと信じている親にはそれを言えませんでした。
言えばもめるのはわかっていたし、自分のわがままなのだろうと思い込んで、
必死に封じ込めて、大学も親が望むように経済学部に進んで。
何かを学べば、忘れられると思っていたのに、心のどこかにある思いは、
ずっとくすぶったままで、せっかく入った大学の勉強も身に入らなくなって。
で、俺はアルバイトをしながら、デザインの学校に親に内緒で通いました」

「内緒で通ったんですか?」

「そうです……気持ちの整理をつけるためだって、自分で。
まぁ、そのおかげで、大学は卒業までに6年もかかりましたけどね」


そういえば社長から聞いたのは、そんな話だった。

『経済学部』を出たデザイナーなんて、確かに異色。


「卒業して商売を手伝うようになったら、現実が自分を支配したら、
自然と気持ちが決まると思っていたのに、仕事を覚えても、
色々と責任を負うようになっても、気持ちは思うようにはならなくて。
我慢に我慢を重ねていたけれど……」



我慢を重ねて、その結果……



その結果、私は、幹人に裏切られている。

三村さんは、どうなったというのだろう。


「社会人として1年経った頃だったかな。俺が大学時代に仲良くなった友達に、
ある日突然、裏切られて」

「裏切られた?」

「はい……無理だとわかっていたけれど、
とあるコンクールに、デザイン応募していたことを親に話されました。
その時、俺は仕事でイタリアにいて。友達からデザインのことを聞いた父親が、
俺が借りていた小さな倉庫を見つけ出して、作品も、道具も、学校の卒業証書も全て、
みんな捨ててしまって。そしてそのことも、そいつからの電話で知ったんです」


三村さんの表情は、今まで見たこともないくらい哀しそうなものだった。

語られている話は、ウソでもなんでもなく、本当のことなのだろう。


「親父は、前から少し怪しいと思っていたみたいで。
で、俺の友達に探りを入れました。実は、友達の家ではちょっとしたトラブルがあって、
親が困っていたから、親父はそれを解決するかわりに
俺のことを話せって迫ったのでしょう」


三村さんの歩みに並ぶように、ゆっくりと進む。

信頼していた友達が、自分を裏切ったことを知った時……



目の前にあるのは、孤独と、喪失感のみ。



「国際電話で、泣きながらごめん、ごめんって謝るんですよ、必死に。
俺、そいつにだけ、自分が本当にやりたいことがどんなことなのかを語ってたし……
だから、『何を考えているんだ』って、思い切り怒鳴って、
二度とお前とは会わないって言って、電話を切りました」


謝った友人と、裏切られた自分。

どちらも辛いだろう。


「しばらくは本当に恨んでいました。そいつのせいで、なにもかもが台無しだって。
でも、何日か経って、落ち着いて考えてみたら、違うんじゃないかなって」

「……違う?」

「そう、確かに裏切られたことは悲しかったけれど、それより悲しかったのは、
ここに来るまで、こんな状態になるまで、どうして自分自身で、
親父としっかりとぶつからなかったのかってことでした」


ぶつかること……

思いを隠さず、相手に告げていくこと。


「揉めたくないから、人に辛い顔をさせたくないからって、
ずっと我慢してきたけれど、それでも最後まで我慢は出来なくて、
目標も定めず思い切り引っ張った弓のように、俺はそこからはじけ飛んでしまった。
もっと早くから親に気持ちを語っていたら、うん……
だからといって思い通りにはならなかったかもしれないけれど、
それでも、今のように全部を失わずに済んだのかもしれない」


言いたいことをきちんと伝えていたら……

ケンカしていたかもしれないけれど、別の方法でわかりあえただろうか。


「友達も、家族もみんな……俺はそこで捨てましたから」

「捨てた?」

「はい……」


三村さんはその電話を聞き、仕事で飛んだイタリアから、

日本に戻ることをせずに、仕事のために持ってきたお金をそのまま、

新しい生活のために使ってしまった。


「使ってしまったのですか」

「そう、商売用の金。普通なら使い込みで警察行きですよ。
まぁ、そこは親がいきさつも考えてごまかしたのだとそう思う。
そこから数年間……5年くらいかな。日本に一切戻らずに生きてきた」

「イタリアにいたのですか」

「しばらくはね。デザイン学校で知り合っていた友人の中に、
イタリアにある小さな雑貨会社の息子がいたので。そいつと連絡を取って、
とりあえずお金を稼ぐ手段を得て……。
1年くらいは、その日暮らしでした。本当に必死でしたよ。
それから店で知り合った人に、デザインに近付く仕事を見つけてもらったり、
色々飛び回って。スペインにも行ったし、短い期間ならスイスにもいました」


『DOデザイン』に入社した三村さんが、別企業に勤めた形跡がないのは、

こういう理由だった。


「今では、完全に勘当ものです。最低の親不孝ですからね」

「三村さん……」


人を裏切り、裏切られた過去。

だから三村さんは自分の意見を隠すことなく、しっかりと押し出してくる。

黙って耐え続けることがどれだけ辛いことかを、身をもって経験しているから。


「世の中の人が、全て同じ思いでない以上、人は自分が傷つくか、
人を傷つけるかしながら生きていると思っている。
だからこそ、互いの傷を理解しあえる人じゃないと、うまくいきませんよ」



『互いの傷』

傷つけて、傷つけられて。

それでも、その理由を互いに納得できれば……


支えあっていける。


「俺ね、初めて長峰さんと『DOデザイン』で会ったとき、
あなたはデザインがやりたくて仕方がないのに、辞めることがいいことだって、
そう無理に言っているように感じました。思いを封じ込めようと。
昔、俺が自分の夢から、わざと目をそらしていたときのように」


初めて三村さんと会った日。

デザインをスラスラ描きあげる姿に、猛烈な嫉妬をしたっけ。


「一緒に仕上げたことにしようと話しても、意地でそれを拒否してきた。
あなたが、デザインに関わる自分を遠ざけようとするのを見るたびに、
どうしてそんなに頑なになるのだろうと、不思議で仕方がなかった」


三村さんの頬を、ひっぱたいた日。

あれは、気持ちを見抜かれていたから、言葉で返せなかった。


「でも、彼と一緒のところを見て、その理由がわかりました」


幹人と食事をした日。

小菅さんと三村さんに偶然お店であった。


「彼は、あなたのデザイナーとしての部分を、必要ないものだと思っている。
あなたはそれを理解して、自分もそう思い込もうとしているんだ。
右側の自分は必要だけれど、左側の自分はもういらないって……違いますか」


幹人に評価してもらった、女性としての私。

そして、下手だけれど、物を作るのが大好きなデザイナーとしての私。


「でも、それは本心ではないでしょう」


デザイナーとしての、私……


「一生、彼と生きていこうと思うのなら、今ある思いは伝えた方がいいですよ。
悩みはどういうことなのかとか、捨てたくないものを、
あなたとの未来のために捨てるんだってことも、きちんと言った方がいい。
話しても結果は同じかもしれない。でも、話せたことで気持ちは変わりますし、
彼の気持ちにもあなたの思いが……必ず残るはず」


幹人に自分の気持ちを伝える。

これから一生、向き合っていく人なのだとしたら、当たり前のことかもしれない。

今日のこの出来事も、隠すことなく伝えて、それで解決していくしか、

方法はないのかもしれない。




【8-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【塩野明恵】
経理担当、年齢43歳。
信太郎の恋人だが、タバコの煙が大嫌い。
飼い猫とドナルドダックにだけは、いくらかけても惜しくないと思っている。

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