9 意地の張り合い 【9-4】

【9-4】

幹人がどういう性格なのか、どんなことが嫌いで、どんなことが好きなのか、

自分では付き合いの中で理解しているとそう思っていた。

でも、『結婚』を決め、互いの親に挨拶をしてから、その自信はすっかり消えてしまう。

私の中には、以前幹人が言っていたような、『充実感』も『満足感』も何もない。



あるのは、とてつもない不安と、ほんの少しのプライド。



私はその日部屋に戻り、ネットを使って、萩尾さんを徹底的に調べることにした。





次の日は、やはり寝不足だった。

熱中しているにも限界がある。私は子供のように睡眠を取らないと、

思考回路が働かなくなるらしい。


「おはようございます」


それでもなんとか遅刻せずに事務所に出勤すると、

すっかり用意を整えていた三村さんから、封筒を渡された。



『株式会社 エアリアルリゾート』



「長峰さん、今日がどういう日なのか、忘れているわけではないですよね」

「……あ、はい……」


反射的にわかっているような態度を取ったけれど、

本当は今、この瞬間、初めて思い出した。


「あ、いえ、ごめんなさい。今の今まで忘れていました……」


そう、今日は『エアリアルリゾート』側に、

『DOデザイン』としての企画をプレゼンする日だった。

萩尾さんの登場で、私の気持ちは全てがそっちに向いてしまって、

大事な、大事な仕事のことが、思い切り飛んでいた。

あれだけ必死に取り組んできた仕事なのに。


「まぁ、そうだろうとは思っていましたが、相手は待っていますから行きますよ」

「はい」


しっかりしないと。

萩尾さんの仕事も仕事だけれど、『エアリアルリゾート』の仕事のほうが先にあったもの。

せっかく三村さんと作り上げたものが、ここで花開くかしぼむかの瀬戸際なのだ。

駅まで二人で歩き、通勤とは逆方向の電車に乗り込んだ。

通勤時間には、立つ場所を探すのにも苦労する電車も、時間がずれたら空席もある。

私は、資料を抱えたまま、三村さんと並んで座った。



1つ目の駅、そうここは以前、優葉ちゃんと買い物に来たことがある。

意外に掘り出し物の洋服があって、両手に袋を提げながら帰った。

それから2つ目の駅、有名なドラマのロケ地になったことで、

マンションの値段が上がったと、小菅さんが言っていた。





3つ目の駅……





私は、肩を叩かれていることに気付き、慌てて目を開けた。

隣の三村さんが立ち上がり、行きますよと声をかけてくれる。

電車の景色は、3つ目の駅をはるか昔に通り過ぎ、

すっかり見慣れたものから変わっていた。

私は慌てて立ち上がり、遅れないようにする。


「ごめんなさい、私……」

「いいですよ、電車の中で寝ることくらい、普通でしょ」

「でも……」


朝も、私がギリギリだったし、今も電車の中で寝てしまって、

最終的なプレゼンの合わせが出来ていない。

二人で発表する内容が、互いのポイントをしっかり補っているのかどうか、

見直しておきたかったのに。


「三村さん、どこか……」

「時間がないですよ、立ち寄っていられません」

「でも不安です。もう一度、私が話す箇所の原稿、見直してもらえませんか」

「どうしてですか」


三村さんの後ろを歩きながら、私はバッグから原稿を取り出した。

数箇所、気になるところがあるのだと、必死に訴えてみる。


「これ……」


三村さんは私が読むはずの原稿を軽く歩きながら確認し、小さく何度か頷いた。

そして、あらためてこちらに戻してくる。


「長峰さんらしいと言えば、らしいのかな。
大丈夫ですよ、原稿など気にせず、思い切りやりましょう」

「思い切りって……だって、ここで失敗したら全てゼロですよ」

「……まぁ、そうですけど。元々賭け事のようなものですからね、
あたって砕けろですよ。こうなったら100が出るように、祈りましょう」


それからも、色々と私が訴えかけるものの、

結局、三村さんとの打ち合わせは出来ないまま、プレゼン会場へと入ってしまった。





『株式会社 エアリアルリゾート』



ここが今回のプレゼン相手。

『大人の癒し』というコンセプトで作った家具の、トータルコーディネート。

部長という肩書きを持つ人々は、私たちにプレッシャーをかけるつもりで、

昨日も別企業から色々と提案を受けたと、そう話をした。

資料を取り出し、それをみなさんの前におく。

最初は三村さんが具体的な話をしてくれるはずで、私は全体のイメージを解説する。


いかに優雅に、そしてあくまでも嫌味にならないように、

そんなこだわりをきちんと伝えないと。

昨日と今日は、頭から抜けていたけれど、

それまでは、本当に一生懸命、今日のことを考えていたのだから。


「では、始めさせていただきます」


三村さんが具体的な図面の説明を、予定通りこなしていく。

私は、自分が用意していた原稿を広げ、次に言うべきことを整理する。


「この奥行きに関してですが、最終的には少し削らせていただきました」



……最終的?



そうだった。



ギリギリまで色々と悩んだ後、最終的に少し奥行きを押さえ、

圧迫感を無くすというアドバイスを、社長から受けていた。

私の手にある原稿は、その前の段階で書き上げたもの。

これでは、意味が違ってきてしまう。



『大丈夫ですよ、原稿など気にせず、思い切りやりましょう』



三村さん。原稿を見せた段階で、気付いていたのだろうか。

私がミスをしていることに……




【9-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【矢沢聖子】
喫茶店『COLOR』のママ。年齢は秘密。
ここのお店はすべて『DOデザイン』が作った家具を使っているため、
社員もランチによく利用している。

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