9 意地の張り合い 【9-5】

【9-5】

それからも、三村さんの説明は続き、

クライアント側からの質問にも、それなりに答えていく。

プレゼンテーションは、ここまで……


思っていた通りに順調。



私は、昨日一日、何を考えていたのだろう。



いくら幹人のことがあって、気持ちが乱れていたとはいえ、

この大事なプレゼンに、何も役に立つことがないなんて……




最後の仕事だと、気持ちを入れてきたはずなのに……

また、何も出来ないままで、終わってしまうのだろうか。




「それでは最後に、うちの長峰の方から、全体的な話をさせていただきます」



三村さんは最初の予定通り、私に振ってきた。

でも、いや、今、この状態で私に振られても、

間違いに気付いてしまった以上、言うべきことが見つからない。


「三村さん、無理です」


正面にいる人たちには伝わらないように、小声で三村さんに訴える。


「無理?」

「原稿……最終的なものではなくて……」

「ここまで来て無理はないですよ、長峰さんも、きちんと話さないと。
あなたの思いも、しっかりと入れているはずだ」

「でも……」



何も考えていない。私の意見など、言っても意味はなくて……



三村さんの語ったことだけを、前に出していた方が、きっとうまくいく。





私が出て行かないほうが、きっと……うまくいく。

今までの人生、ほとんどがそうだったから。





「長峰さんとおっしゃるのかな」

「あ……はい」

「あなたも今回のデザイナーなのでしょう。私たちが意見を伺えるのは、
今日のこの場所しかありません。どうぞ、作品に込めている思いを、
ここで語っていただきたいのですが」



作品への思い。

ここまであれこれ考えて、意見をぶつけられたのは初めてだったかもしれない。

そして、これが私の、最後の仕事……



「長峰さん、クライアントはあなたの考えを聞きたがっているのです。
あなたの言葉で語らないと……」

「あ……あの……」



未熟者だけれど、実力なんてないけれど、

『大好きな木材』の『大好きなデザイン』。



言いたいことを言えるのは、ここしかない。



もう……我慢することだけでは、ダメ。





言わなくちゃ……





私の体は、気持ちに寄り添えたのか、自然と立ち上がった。


「あの……」



『知花は、こんなところにいて、よく飽きないな』

『本当、本当。普通、女の子が喜んでくる場所ではないだろうにね』



森の風の音、木々のざわざわした声。

そして、大きく息を吸い込むと、自然の香りが、心まで安らぎを与えてくれる。

人は必要なことがあるから洋服を着て、

狭くて息苦しいコンクリートの都会で生活しているけれど、

最後は……



「私の祖父は、和歌山で林業をしていました」



迫田のおじいちゃん。

語らない木々の気持ちを考え、ともに生きていくことをいつも願っている。

だから、やたらに木をいためたりはしない。

注文を取れる可能性があっても、無理なことは絶対せずに、

時を待てといつもそう言っていた。

だからこそ、送り出すものに関しては、絶対の自信を持っていて……



『誇りを持って、行って来い!』



製品として生まれ変わる木々たちに、祖父はいつもそう声をかけた。



「今回のコンセプトは、『大人の癒し』でした。美味しいものを食べることも、
温かい温泉に入ることも、もちろん心を安らげるのですが、
人が本当の意味で自分を解放すことが出来るのは、自然の中なのではないかと、
そう思いました」


ペンションの部屋に、ジャングルを作るわけにはいかない。

でも、本物の木を、そのものを生かした家具があるだけで、

そこで温かいお茶を1杯飲むだけで、きっと心は癒されていくはず。

広がっていくデザインを生かし、少し疲れた心に訴えかけていくような、

そんな優しい作品を、私は目指したつもりだった。


私は、自慢ではないけれど話しは上手くない。だから、格好のいいことは何も言えない。

それでも、この思いを不器用でもどうにか伝えたい。

デザインが大好きで、木に関わっていることが大好きで、

この仕事が……





未熟者のくせに大好きで……





本当は、少しも、1ミリも辞めたいと思ったことがないことを……




【9-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【矢沢聖子】
喫茶店『COLOR』のママ。年齢は秘密。
ここのお店はすべて『DOデザイン』が作った家具を使っているため、
社員もランチによく利用している。

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