10 ストレス 【10-2】

【10-2】

1階は美容室、2階は全国経営をする学習塾。

3階に到着すると両側へ歩けるようになっていて、萩尾さんの事務所は右側だった。

右手で軽くノックをすると、数秒後に扉が開く。

出てきたのは萩尾さん本人で、私は頭を下げた。


「どうぞ」

「はい」


幹人は嫌だと言っていたけれど、私は仕事を請けることにした。

最後まで関われないことはわかっているけれど、

それでも、私の方が逃げていくのは、どうも納得がいかない。


「紅茶でいいかしら」

「はい、お気遣いなく」

「お気遣いなんてしていないわよ、
しているのなら、あなたの事務所になんて行かないから」


萩尾さんはそういうと、カップを取り出し、紅茶を入れだした。

私はすすめられたソファーに腰かけ、向こうが戻ってくるのを待つ。


「わかっているのでしょ、私があの電話の相手だって」


そう、正式に言葉を交わしてはいなかったが、気づいている。

私はその通りだというように、一度頷いてみせた。


「昨日、幹人から電話があったのよ。何を考えているって、相当怒っていた。
あなた、幹人に話をしたのね、このこと」

「はい……」

「へぇ……信じているのね、あの人のこと」



……あの人。

言い方に悪意を感じたけれど、あえて聞き流すことにする。

細かいところで言いあいをしていても、話が進まない。


「幹人の思うとおりの人なのかもね、確かにあなたって」


萩尾さんが用意するティーカップが、セットされる。

その中に、香りのよさそうな紅茶が、ゆっくりと注がれた。


「幹人、私にいつも言っていたのよ。同じ仕事をする中で彼女と出会った。
正直、デザイナーとしての才能なんて、何もないって」


幹人がどういったのか、萩尾さんの言葉だけでは諮れないけれど、

おそらくそれほど遠くないことを言っているだろう。


「でも……妻としてそばにいてもらうには、これ以上の女性はいないって」


妻として……

そうだった。幹人が私を褒めてくれるのは、いつも女性としての私。

料理が美味しいとか、優しいとか、そういった言葉は何度もかけてもらった。

それはそれで嬉しくて、もっと素敵になろうと努力してきたけれど。


「ずいぶんな言い方ねって、私はそう言ったの。そう思わない?
自分に都合がいいところだけを褒めるなんて。
だから私ね、幹人がないと宣言する、あなたのそのデザイナーとしての力を、
見せてもらおうと思って仕事をお願いしたの」


一級建築士として、堂々と仕事をしている人から受ける挑戦状。

いや、そもそも挑戦なんてするつもりはないだろう。

実力不足の私に、無理難題を押し付けて、笑うだけかもしれない。


「本当に、力がないのか、そうじゃないのか……」


仕事を持ち、男と渡り合っていることの自信。

萩尾さんの言葉一つずつから、そういう思いをひしひし感じていく。


「ねぇ、長峰さん。あなた私の仕事、本当に受けるつもりなの?」


もう引き返せないのだと、最終確認をされている。


「仕事として、きちんと成立するものならば、お受けします」


私がお世話になった『DOデザイン』

何も恩返しが出来ていないけれど、萩尾さんの計画がそのまま進めば、

動く金額も、これからの影響力もあるだろう。

私はボロボロになってもいい。みなさんの実力があれば、きっと、

萩尾さんの思いを理解し、形に出来るはず。


「仕事として……ね」

「はい……」

「幹人が辞めろって言っているのに?」


場外乱闘でもするつもりかと、幹人は怒ったまま、あれから連絡をくれない。

私が本当に引き受けたと知ったら、さらに怒るだろう。


「幹人には話をしました。納得はしていなかったようですけれど、
私はあくまでも『仕事』だと、そう思っていますから」


個人的な恨みつらみではなく、ビジネス。

ビジネスなのだから、クライアントは全て同じだと思わなければ。


「わかったわ、あなたがそれだけ覚悟を決めているのなら、
早速、仕事の話をしましょう」


萩尾さんはそういうと、設計図を広げ、

企画の全体案をもう一度しっかりと説明し始めた。





萩尾さんの事務所から出たのは、2時間後のことだった。

渡されたコピーと資料の多さに、抱えていたバッグ以上の重みを感じてしまう。

気付くと時計は昼の1時近くになっていた。



『私は妥協しませんから』



まずは10日後に、おおよその仕上がりを見せないとならない。

木目調のシステムキッチンをはめ込むことが決まっていて、

それにあわせるような食器戸棚と、テレビを置くサイドボード。

寸法の中に納まり、収納も多めに設計にしなければならない。

私は、帰りの電車に揺られながら、遠くに見える景色をしばらく見続けた。




【10-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『家具デザイナー』とは、オフィス家具などをデザインする人のことで、
インテリアデザインを兼ねることもある。大学や専門学校で学び、
家具メーカーやデザイン事務所に就職し活動する人が多い。

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