10 ストレス 【10-3】

【10-3】

「ただいま……」

「あ、戻りましたよ、みなさん」


お祝いのお寿司が桶のまま、デスクの中心に陣取っている。

それぞれメンバーが席に座っていて、社長は椅子で居眠りをしていた。


「あの……」

「待ってました。小菅さんも私も、ここは知花ちゃんがいてくれないと、
乾杯できないよねって」

「待っていてくれたのですか? ごめんなさい、私」


先に食べていていいと言ったから、のんびり戻ってきてもいいと勝手に考えていた。

こうして待ってもらっているのなら、もっと早足で戻れば、

10分以上違ったかもしれない。


「俺は長峰さんが恐縮するから、先に食べましょうって提案しましたけどね」


三村さんはそう言いながらも、お疲れ様ですと笑ってくれる。


「お! 長峰が戻ってきたか。よし、よし、食べるぞ、腹減った」


社長の声にそれぞれがカップを手に取り、

仕事中なのでノンアルコールで乾杯することになった。

優葉ちゃんが私の分を注ぎ、差し出してくれる。


「ありがとう」

「いえいえ」


社長は、全員がコップを持ったのかと確認した。

『DOデザイン』。あらためて見回しても、人数はこれだけだ。


「それでは、この度めでたく『DOデザイン』の代表、
長峰と三村が仕事を勝ち取ってくれました。
特に、長峰は退社前、最後の大仕事になるでしょう」



最後の仕事……



「人には決断をしないとならないときが必ずあります。
長峰が、次のステップに笑顔で進めるよう、協力し結果を残しましょう」



次のステップ。

幹人と結婚するため、事務所をやめる……


「では……乾杯!」


社長の声が事務所内に響き、それぞれがコップを突き出した。

それぞれが思い思いのネタに箸を伸ばし、小皿に入れていく。


「長峰さん、どうでしたか」

「あ……うん」


私は萩尾さんから渡された設計図を広げ、三村さんに説明した。

デザインを認めてもらったとしても、私は途中までしか関われない。


「思ったよりも、幅が狭いですね」

「そうなんです。だからこそこだわって作りたいらしくて。
依頼人さんは、長い間マンション暮らしをしていた人だって……」

「へぇ……」


三村さんは何も言わないまま、ただその紙を見続けた。

今、この頭の中に、どんなアイデアが浮かんでいるのか、聞いてみたくなる。

私の携帯にメールが届いた。



相手は幹人。



『お前が香住を刺激した』



幹人からの内容は、たったこれだけだった。

萩尾さんが幹人に連絡をしたのだろうか。

それとも、幹人が萩尾さんに連絡をしたのだろうか。


「長峰さん……」


私が萩尾さんを刺激したって、そんなふうに言われるなんて……


「長峰さん……」


幹人の考えていることが、どんどんわからなくなっていく。

私は……



隣に座っていた三村さんが、急に立ち上がった。

私はびっくりして、思わず上を向く。


「大丈夫ですか、長峰さん」

「あ……」

「隣で急に立ち上がると、驚くでしょ、でも、気付くでしょ?」


三村さんはそう言いながら笑うと、席を離れてまたお寿司に手を伸ばした。





それから萩尾さんとの話し合いは2回行われたが、

私が出すアイデアは、全て却下された。

自分が建てる家のコンセプトを見抜いていないと言われ、

過去に作った同様の建物を見に、東京の郊外まで出かけてみるが、

またバツをつけられる。


「あぁ……違うのよ。どうしてこういう形になるのかな」

「でも、寸法に限界があります。依頼主さんのおっしゃる通り、
テレビのサイズを考えると、ガラスを埋め込むのは……」

「基本どおりのことなど聞いていないのよ。それしか言えないのなら、
本でも読んでいた方がましでしょう。
人真似、過去真似なら、あなたにいちいち頼まないわよ」


萩尾さんは立ち上がると、少しイラついた雰囲気で、

私のデザインをデスクにたたきつけた。

萩尾さんの建築したものを調べ、自分なりに考えてきたつもりだったのに。


「どうしたいの? 長峰さん」


萩尾さんがつぶやいたその言葉は、ずっしりと重かった。





萩尾さんとの打ち合わせは増えたが、具体的な中身はまだ何も決まっていない。

何度も叩き返されるのは腹も立つけれど、それ以上になぜか私の中では、

別の思いが生まれていた。



『負けたくない』



それは最初、幹人を挟んでのものだとそう思っていた。

私自身が萩尾さんに勝ちたいという思いが、この仕事を支えていると思っていた。

でも、こうしてPC画面にデザインを描きながら、

気持ちがどんどんそこから外れていくのを感じてしまう。


「ふぅ……」


今まで萩尾さんが手がけた家を、自分なりにいくつも見てまわった。

どんなものが好きで、どういう材料をよく使うのかも、リサーチしたつもりだった。

でも……それはことごとく突き返された。




【10-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『家具デザイナー』とは、オフィス家具などをデザインする人のことで、
インテリアデザインを兼ねることもある。大学や専門学校で学び、
家具メーカーやデザイン事務所に就職し活動する人が多い。

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