10 ストレス 【10-4】

【10-4】

「……ということで、お式の方はよろしいでしょうか」

「はい」


その週末、結婚式の打ち合わせがあり、2週間ぶりに幹人と顔をあわせた。

担当者さんの前では愛想良く振舞っているのに、会場を出ると、彼の顔つきが変わる。


「もういいだろ、知花」


幹人は、そういうとポケットからタバコを取り出した。

『メンソール』の、いつもの香りが風に乗り、私の方へ近づいてくる。


「あいつも嫌みでぶつけてきた仕事だ。それくらいわかっていただろう」


幹人を挟んだ女同士の醜い争い。

確かに始めはそうだったかもしれない。


「あいつは、知花が何を出しても絶対にOKを出さないよ」


幹人は自信たっぷりに言い切った。

くゆらせている煙が、私の髪の毛にまとわりついていく。


「香住が電話をしてきたよ。そろそろ限界じゃないかって。
お前も言われただろ、そういうふうに」


『限界』

萩尾さんは、本当に幹人にそう言ったのだろうか。


「香住にもわかったと思うよ。お前がどういう女性なのか。
もういいだろう、知花。意地で張り合う相手じゃない。
さっさと仕事を辞めて、式の準備だけをしてくれ」


幹人は、仕事なら他の社員が引き継ぎ、それなりにやるだろうから、

いい加減にしてほしいとそう言い始めた。

幹人は小さな灰皿の上に、吸わないままのタバコを置く。


「知花はさぁ……」


なんだろう……どんどん息苦しくなっていく。

今まで気にならなかった幹人のタバコの煙が、今日は気になって仕方がない。

私の身体に、髪にまとわりつき、呼吸を邪魔する気がする。


「はぁ……」


幹人が萩尾さんと張り合うことはないとか、知花には知花の生き方があるとか、

色々話しているようだけれど、頭には何も入らなくなった。

鼓動が速くなり、それを落ち着かせるために、必死に呼吸する。


「はぁ……はぁ……」



息苦しい……

それでも違うのだと、そう答えたくて、なんとか口を開けた。





どこかで意識が遠くなり、気付くと救急車の中にいた。





『ストレス性の過呼吸』

医者の診断は、そういうものだった。

生活の中にストレスを感じるものがあるはずだからと、振り返ることを提案される。


「はい、ありがとうございました」


幸い、入院などすることはなさそうで、私は幹人に支えられながら、

救急用のベッドに横たわる。1時間くらい休憩していても問題ないようなら、

帰って構わないと、看護師がそう言った。


「大丈夫か、知花」

「うん……ごめんね。こんなことになって」

「いいんだ、よかったな、俺がそばにいたときで」


私は幹人の言葉に、その通りだと思い頷いた。

『過呼吸』なんて、人生で初めてのこと。


「だから、仕事を辞めろとそう言っているだろ。
香住の仕事のことも気にしなくていいし、締め切りだのプレゼンだのって、
プレッシャーかけられることもない。俺が知花を支えるから」


仕事さえ辞めてしまえば、食事を作り幹人の帰りを待っていれば、

こんなに苦しいことはないだろうか。幹人の機嫌も悪くならず、

平凡な日々が、待っているのだろうか。



「知花は、奥さんでいいんだよ」



幹人はそういうと、私のおでこにそっと触れ、優しくキスをする。



『限界』

私はその意味を、自分なりに精一杯考えた。





幹人にタクシーで送ってもらい、その日は何も考えずにただベッドで横になり続けた。

確かに、萩尾さんとの打ち合わせが上手く行かないのは精神的に辛いけれど、

でも、それが過呼吸の原因だとは、なぜか思えなかった。

締め切りが近くて慌てたり、

クライアントに怒鳴られてデザイン画を破かれたことも、過去にあったけれど、

こんなことで倒れたことなど一度もない。



『ストレス』



私は何も変わらない天上を見つめ、

ただじっと過ぎていく時間を、針の音で聞き続けた。




【10-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『家具デザイナー』とは、オフィス家具などをデザインする人のことで、
インテリアデザインを兼ねることもある。大学や専門学校で学び、
家具メーカーやデザイン事務所に就職し活動する人が多い。

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