11 私の味方 【11-5】

【11-5】

次の日は、昨日の雨がウソのような快晴になる。

山々の間から上がる太陽を見ていたら、少し心がスッキリしていることに気付いた。

携帯電話を無くしてしまったので、事務所が開く時間になってから連絡を入れる。

優葉ちゃんは、電話を鳴らしても全然出ないから、みんなで心配したのだと、

大きな声で怒った。


「ごめんね、迷惑かけて」

『本当ですよ。三村さんなんて……』

「三村さん、あ、三村さんどうした?」

『……寝てます』

「寝ている?」


三村さんは、私が萩尾さんとの交渉で叩き返されたデザイン画を、

1から全て見直していたらしい。携帯電話を無くしてしまったから、

連絡が取れないと思っていたけれど、この人だけには、どうにかして連絡すべきだった。



心配だけ、かけたままで……

自分は母と話し、心を落ち着けたのに、連絡が今になってしまったなんて。



きっと……責任を感じてくれていただろう。



「……優葉ちゃん」

『はい』

「三村さんが起きたら、美味しいコーヒー、入れてあげて」

『了解です』


東京へ帰ろう。

私は受話器を置き、会社にどんなお土産を買っていこうかと考えた。





山の空気をたくさん吸い込み、携帯電話を無くした私は、

その日のうちに新しい携帯電話を購入し、

そして、一番最初に萩尾さんへ連絡を入れた。


「1週間だけ、待っていただけませんか」

『1週間?』

「はい。もう1回だけ、色々なことを考えず、ただ、仕事をしてください」


萩尾さんからは何も言葉が戻らない。

仕事を出してきたのは向こう。色々な事情もあるのだから、

これ以上関わりたくないと言われ、担当交代を宣言されても、それはそれで仕方がない。

今までの私は、『負けたくない』思いばかりが前に出ていて、

いったいこれが誰のものだったのかを、忘れていた。


『わかりました。1週間後にもう一度だけ見せてください』

「ありがとうございます」


電話の相手に見えないけれど頭を下げ、私は受話器を置いた。





「ご迷惑をおかけしました」

「大丈夫か」

「はい。大好きな木に囲まれて、気持ちをリフレッシュしてきました」


事務所に出社し、まずは社長に挨拶をする。

伊吹さんは結婚の準備もあって、精神的に疲れたのだろうと言ってくれた。


「いえ、私が甘えていました」

「大丈夫なの? 知花ちゃん」

「小菅さん、すみませんでした。ぶつかったまま飛び出てしまって」

「そうよ、心配したんだから」


頼りになる先輩。いつも色々とアドバイスをもらってきた。

仕事を持ちながら結婚した小菅さんは、私の憧れとも言える人。


「優葉ちゃん……」

「ちゃんと入れておきましたからね、三村さんにコーヒー」

「うん、ありがとう」


その三村さんの姿は、事務所内になかった。おそらく屋上だろう。

私はエレベーターに乗り、上へ向かう。

屋上の扉を開けると、いつものベンチに座り、タバコを吸っている三村さんがいた。



『すみませんと謝ってくれた……』



母が急に来たことは驚いたけれど、母が私のことを追いかけてくれたことで、

気持ちが楽になった。自分がひとりではないことに気付くことが出来た。


「三村さん」


返事はない。でも、この人はちゃんと聞いてくれている。


「ご心配をおかけしました。それと……ありがとうございました」


和歌山に向かった時には、やりきれない気持ちが強かったけれど、

今は、突っかかったものが取れているような、スッキリした思いがある。


「私、萩尾さんにもう1回だけチャンスをくださいと、そう電話しました。
本当にこれがラストチャンスだと思っています。だから……」



ラストチャンスだから、私らしく終わりたい。



「『負けたくない』という思いではなくて、木が大好きだという思いを、
ぶつけてみるつもりです」


言葉が出せない木だけれど、呼吸をし、生きている。

萩尾さんに仕事を依頼したご夫婦と、寄り添っていけるような家具。


「ゼロに戻して表現してみるつもりです。だから……」


三村さんはタバコを消すと、小さな缶に入れた。水の音が耳に届く。

私が前に立つと、下を向いていた三村さんの顔が上がった。


「ダメ出ししてください。三村さんに手伝って欲しいんです」


私と三村さんは、『水と油』かもしれない。

でも、私の思いを汲み取ってくれるのも、いつもこの人だ。

言いたいことがうまく言えなくて、人の目を気にしてばかりいて、

色々失敗を重ねた経験がある人だから、きっと、わかってくれる。


「俺で……いいんですか」

「はい、私の……『最後の仕事』です」


私はよろしくお願いしますという意味を込めて、右手を差し出した。

三村さんはベンチからゆっくりと立ち上がり、その手を握り……



「あ……」



握られた右手は、三村さんに強く引かれ、私の体は、彼の胸に収まってしまう。

一瞬の出来事だった。


「……よかった、何もなくて」


たった一言。

私はその一言に、体を動かすことが出来なくなっていた。




【11-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【戸波陽平】
紘生とは、共通の知り合いがいたことで交流を持つようになったが、
互いに惹かれ合うものがあり、今では『親友』と言える間柄に。
古いものを新しくよみがえらせる技術と、センスを持つ男。

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