【S&B】 30 君の元へ

      30 君の元へ



駅から5分ほど歩いた雑居ビルの地下に、アイツが活動する店があった。まだ開店前だったが、

すでにその場にいたアイツは、ライターを突き返す僕のことを、まるで待っていたかのように

不快な笑みを見せる。


「あれ? プレゼントはいらないのかな?」

「僕にこのライターは必要ない」


お前の思い通りにはならないとそう思いながら、強い視線でアイツを睨んだまま、

僕は引かずにライターをさらに前に押し出した。


「もったいないな。今、この店でこのライター渡してないんだよ。たばこを吸わなくても、
役に立つこともあるでしょうに。デザインもかわいいでしょう……」


アイツは少し上を向き、くわえているたばこをふかす。よどんだ空気に乗って、

その不愉快な匂いだけが、僕の鼻を刺激した。


「それともどんな店なのか、望に聞いた? アイツ、ちゃんと話せたかなぁ……。どんな風に
お酒を作るかとか、ライターの持ち方とか、サービスタイムのこととか……。望さぁ、
あんなとろそうなんだけど、結構人気あったんだよ。アイツ目当てに店へ来る親父も結構いたし、
面倒を見たいって男もいた。あのまま続けていればそれなりに……」

「そんなことを言い続ければ、僕が彼女から離れるとでも思ったのか。
悪いが、どうでもいい話だ」


三田村の過去を知ったら、嫌気をさして逃げていくとでも思っていたのだろうか。

僕の口調に、ふざけていたアイツの顔が、急に変化した。


「どう取ったって結構ですよ、それは事実ですから」


この男の挑発には乗るまいと、僕は空いた右手をグッと握りしめる。


「こんなことをし続けるつもりなのか? 三田村を苦しめて、何が大事ないとこだ。
触れて欲しくない過去を持ちだして、彼女を縛り付けるなんて、君は……」

「縛り付ける? 余計なことをされて、人生を変えられたのはこっちの方だ。……250万だぞ、
あいつにはその責任があるんだよ。小さな事務所のOLなんかやったって、借金を返す目処なんて、
つくはずもない。手っ取り早く稼ぐには、それがいいって、あいつも納得したはずなんだ。
それがいつの間にか消えやがって。まだ、半分も戻ってない。あんた、それとも残りを俺に
返してくれるわけ?」


うすうす感じていた疑問が、だんだんと形を見せながら浮き上がる。何かがなければ、

三田村が就くような仕事ではないはずだ。そう思っていた僕は、いつまでもライターを取らない

アイツの横にあるテーブルに、わざと音を立てて置く。


「アイツのお袋は店を出す資金にするんだって、うちのタンスから定期預金を盗んで逃げたんだ。
そのおかげで俺は、大学にも行けずじまい。たいして頭はよくなかったけどさ、適当な大学なら
行けた気がするんだよね。でも、金、なくなっちゃったし……、親父はそれ以上、
金なんて出せないって怒鳴って、大騒ぎだ」


三田村が『自己退職』に応募した話を聞いた時、大橋は確か、退職金のようなものが出ると

言っていた。会社の前まで迎えに来たコイツの後ろを黙って歩く、三田村の姿を思い出す。


初めて、三田村のアパート前で会った時も、たしか茶色の封筒を握りしめていた。


「罪のない三田村から、金を巻き上げてるのか……。最低な人間だな」


最低という言葉にピクリと反応したアイツは、手に持っていたたばこを、缶コーヒーの飲み口に

クイッと押しつけ、火を消した。


「罪がない? アイツのお袋が持ち逃げしたんだぞ。娘なんだ、返すのが当たり前だろう」

「人生を変えられたと言ったな。僕はこれまで色々な人間と仕事をしてきたが、その中で一つだけ
わかったことがある。仕事が出来ないヤツに限って、失敗を人のせいにする。相手が悪い、
環境が悪い。そう言って、自分には責任がないと、言い逃れるんだ」

「何?」

「君も三田村を責める前に、自分のことを振り返ってみたらどうだ。悪いが、その頭じゃ、
金があっても行く大学なんてないぞ。親の借金を娘が返さなければならないなんてことは、
保証人にでもなってなければ必要ない。お前が三田村にやっていることは、恐喝だ」

「恐喝?」

「あぁ、三田村の気持ちに甘えていると、いつの間にか、逮捕されることになるかもしれないぞ」


逮捕と言う言葉に反応したのか、後ろのカーテンから、さっき僕を見た茶髪の女性が、

心配そうにこっちをのぞく。僕が目を合わせると、さっとカーテンで姿を隠した。


「もう一度言っておく。持ち逃げされた金の責任は、三田村にはない。どうしても返して欲しければ、
三田村の母親を探しだせ! それにしても、それをするのはお前の両親で、お前じゃないけどな」


僕は財布から1万円札を出し、ライターの下に置いた。


「悪いが演奏を聴いている時間はないんだ。ここの入場料がいくらだかわからないから、置いておく。
アンタの練習時間も邪魔したかもしれないし……」


この男に金を渡したかったわけじゃない。この薄暗い中で過ごした何分かを、

その場に切り捨てたかったからだ。僕はそのままアイツの顔を見ることなく、

店の外へ向かおうと何歩か前へ進む。


「あんた本気なのか……」


今までとは、明らかに違うトーンの声が響き、僕は仕方なく足を止めた。振り返って見た

アイツの顔は、どこか不安げに見える。


「人にケンカをふっかけたんだろ。最後まで強気の態度を取れよ」


こんな程度の思いに、いいように翻弄される三田村のことを思うと、無性に腹が立った。

彼女がアイツに怯える理由がわかり、駅までの道を歩きながら、

怒りのエネルギーが自然に水分になって、目の前を覆い始める。


三田村が人に優しいのは、傷つく辛さを知っているからで、小さなことでも楽しそうに話すのは、

幸せでいる時間がきっと短かったからだ。


子供は親を選べない。三田村がこんな想いを秘めたまま、生きてきたのかと思うと、

会ったことのない彼女の母親に対しても、腹が立った。不器用な彼女の生き方に、

今すぐ母の店へ向かい気持ちをぶつけたくなるのを抑え、僕はその日、家へ戻った。





>雷おこしさんの紹介してくれた、フルーツケーキ
 頑張って買いに行ったのに、売り切れで残念でした


>午前中に行かないと、選べませんよ


ぺこすけは相変わらずマイペースにブログに訪れ、メンバー達と意見の交換を続けている。

管理人の僕はコメントを書き込むことなく、彼女が元気そうにしていることだけを、毎日確認した。



そして……。



「はい……」

「こんにちは」


母の店が休みに入り、豊島さんと嬉しそうに旅行へ出かけたその日、僕は車に乗り

三田村のアパートへ向かった。少々強引だとは思ったが、携帯で約束を取ってからにすると、

きっと理由をつけて断られるだろうと思ったからだ。


「急にごめん。兄の子供に贈るベビー服、自分じゃ選ぶ自信がなくてさ。時間があるなら、
付き合ってもらえないかなと思って、来てみたんだ」

「……」


僕を目の前に、断れない三田村の手をつかむ。彼女は驚き目を丸くしていたが、

拒絶することはしなかった。その表情をOKの返事だと思いこみ、僕は腕をひく。



三田村……。僕が君の暗い殻を、破ってやる日が来たんだ……。



僕はそう思いながら、彼女の腕を引き、眩しい太陽の光る青空の下へ、歩き出した。





31 恋を得る時間 へ……




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コメント

非公開コメント

おー

アクションおこしたね祐作・・

これで三田村ちゃんの気持ちが良い方に向きますように・・・

しかし、しょぅもないいとこだね(T_T)
バッサリやっちゃっていいよぉ~祐作(^^)v

いいぞ!祐作~

ももんたさん

三田村ちゃんが、ずっと苦しかった理由がわかりました・・。
ほんと、こんな従兄弟にずっと罪の意識を持っていたなんて・・・可愛そう過ぎる・・!

こんな最低のヤツに、しっかり対峙して負けなかった祐作・・・やっぱり頼もしいです^^/

三田村ちゃん・・最初、青空は眩しすぎるかもしれないけど・・・
逃げないで祐作について行ってほしいなぁ~~!

よっいい男!!

やる時はやるじゃん祐作、男だねっv-237

三田村さんが一人で抱え込んで頑張ってきたんだ。

これからだよ祐作くん、三田村さんを守ってあげてよね。

従兄弟がこのまま黙ってるとも思えないし。。v-56

違う?ももんたさん!v-236





漸く・・

やったね!祐作。それでこそ男v-218望じゃなくても惚れちゃうyon♪

しかし言いがかりも甚だしい、てかアイツは望のことが本当は好きで、何とか近くに居たかった?上手く自分の感情を現せないまま親の借金を形に縛りつけていた。みたいな感じがした。

後一歩踏み込まなきゃならないよ。頑張れ祐作!v-91

こんないとこ、いらないよね

ゆき☆さんへ


>アクションおこしたね祐作・・

はい、起こしましたよ。
祐作は本来、積極的なタイプなので、気持ちが決まれば行くのです!


>しかし、しょぅもないいとこだね(T_T)

ねぇ……(笑)

GO!

eikoさん(って書いちゃってももいい?)


>三田村ちゃんが、ずっと苦しかった理由がわかりました・・。
 ほんと、こんな従兄弟にずっと罪の意識を
 持っていたなんて・・・可愛そう過ぎる・・!

幼い頃は仲良しだったんですよ、きっと。
でも……その辺もさらに続きますが。
完全なる、八つ当たり状態ですからね。v-409


>こんな最低のヤツに、しっかり対峙して
 負けなかった祐作・・・やっぱり頼もしいです^^/

ありがとう。
このままの勢いで、三田村ちゃんにGO! なのです。

祐作、男になる!

beayj15さん

>やる時はやるじゃん祐作、男だねっ
 三田村さんが一人で抱え込んで頑張ってきたんだ。

望の苦しい胸の内は、この後出て来ます。
頼れる人がいないっていうのは、悲しいですよね。v-406


>従兄弟がこのまま黙ってるとも思えないし。。

……だよね。私も、そう思う。e-277

心理描写

yonyonさん

>しかし言いがかりも甚だしい、てかアイツは望のことが本当は好きで、
 何とか近くに居たかった?上手く自分の感情を現せないまま
 親の借金を形に縛りつけていた。みたいな感じがした。

おぉ……yonyonさん、推理してるね。v-28
心の中をあれこれ推理して、考えていくの、私も好きです。
まぁ、アイツはこのまんまってことには、ならないと思います。v-219

……って、私が書くんだけどさ。

みなさん、こんにちは!

【S&B】を楽しんで下さっているみなさん、こんにちは!

1月からスタートして、もう30話なのに、1話が短い分、展開がゆっくりで、
やきもきしている方も多いようですが、今回の展開に、

『やっとここまで来たか!』

という気持ちが、たくさんの拍手に表れてくれて、とても嬉しいです。


背景もないですし、文字だけなので、みなさんの空想力にかかっています。
どうか、楽しみながら、展開を見守ってやって下さい。

いつも、ありがとう……

ランキングへのポチ……もありがとうございます。
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