12 虹の彼方に 【12-3】

【12-3】

紙をめくる音、鉛筆が誌面に触れる音。

外の道路を車が走る音、そして、ご近所の子供が泣きながら母親に謝っている声。

萩尾さんから何も言葉が出てこないかわりに、そのほかの音が、私に向かってくる。

時々、長い間視線を落としたままの箇所もあるけれど、

全体的にはさらりと確認しているように見えた。

ダメなのか、OKなのか……


「ずいぶん、変わったのね」

「はい……」

「正直、こう来るとは思わなかったわ。驚いた」

「すみません」


萩尾さんの過去の仕事を見に行き、どんなものを好むのか、

どういったやり方をするのかなど、私は仕事を請け負うことになってから、

そればかりを考えていた。


「なぜ、謝るの?」


なぜ、謝るのか。

そう、それは説明しないとわからないだろう。


「幹人のことは関係なく、仕事をしましょうと言ったのは自分なのに、
一番こだわっていたのが私でしたから」

「どういうこと?」

「萩尾さんに負けたくない思いばかりが前に出てしまって、
これが誰のための家具なのか、そこがどこかに置き忘れられていたような……」


萩尾さんは、持っていたデザイン画を全てテーブルに並べた。

そしてもう一度、全体を見るようにした後立ち上がった。

ソファーから私の目の前にわざわざ来てくれる。

私は、慌てて同じように立ち上がった。


「これで行きましょう」

「萩尾さん……あの」

「違うわよ。私がなんでもいいから通すと言った、
それをやろうとしているわけではなくて、本当にこれなら、
あなたに頼みたいと思えるものが出来たから」

「……本当ですか」

「ウソなんかついても仕方がないでしょ。じっと見ているとね、
今にもこの絵が浮き出てきそうなの。立体的に……」

「はい」


萩尾さんの言葉に、私は足が震えてしまう。

本当に、認めてもらえたのだという安堵感から、大きく息を吐いてしまった。


「あはは……やだ、長峰さん」

「すみません」


よかった……

本当によかった。


萩尾さんはあらためてソファーに座って欲しいと言うと、

以前出してくれた紅茶を、テーブルに置いてくれる。

温かい、優しい香り……


「ねぇ」

「はい」

「一つだけ聞きたいの」

「なんですか」

「あなたをこう変えたのは、何があったから?」


萩尾さんはあらためて向かい合うように座り、こっちを見た。


「……何が……ううん、誰があなたを変えたの?」



私を変えた人……



「幹人? それとも……」


震えていた足が止まったのに、今度は鼓動が速まってしまう。

私がこう思いきれたのは、幹人ではなく……


「……なんてね、私には関係のないことですから」


萩尾さんはそういうと、いただきものの美味しいクッキーがあるのだといい、

また席を立った。





『誰があなたを変えたの?』





OKをもらったデザイン画と、発注の契約書を抱えたまま、

私は事務所に戻るため、電車でつり革につかまった。

萩尾さんの質問に、これという答えが出せなかった。

『違う』ということだけはわかったけれど、正解が導けなかった。

この仕事の結論が出たら、おそらく湧き上がるだろうという思いは、

私の心の中で、隠し切れないくらい大きく膨らんでいく。


このまま、しぼませるわけにはいかない。

私は、乗り越えたのだから。


携帯を取り出し、幹人にメールを入れる。

いつでも、どこでもいい、話があるのだと……

流れる景色を見つめながら、どう伝えればいいのかをあれこれ考えた。





会社に戻り、社長に報告をすると、よくやったと両手を握られ、

ブンブン上下に振られることになった。

小菅さんは知花ちゃんの手が取れてしまうと笑い、

伊吹さんは社長の血管が切れるのではないかと、呆れている。

いつもなら騒ぎごとに入らない塩野さんも、

思いがけない高収入が入ることになり上機嫌で、

優葉ちゃんは『COLOR』の聖子さんにも報告しましょうと、休憩を取ろうとした。

そして……


「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「よかったですね、かけてきた時間が無駄にならなくて」

「はい」


私は抱えてきたデザイン画と、発注の書類をそのまま三村さんのデスクに置く。


「あとは、よろしくお願いします」


私は『秋』で退社をしなければならない。

ここから、全てを任せられるのは、三村さんしかいない。


「とりあえず預かります」

「はい」


私はよろしくお願いしますと頭を下げ、自分の席についた。




【12-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【萩尾香住】
一級建築士。年齢32歳。
幹人とは大学時代の同級生。仕事で再会し、知花の存在を知りながらつきあってきた。
幹人が選んだ女性を見てやろうと思い、『DOデザイン』へ仕事の依頼をする。

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