13 本音の言葉 【13-1】

13 本音の言葉

【13-1】

私の左手には、幹人に押され、倒れたときに刺さった木の枝で傷が出来た。

始めは痛みを感じただけなのに、

時間が経つと、そこから血がうっすらと浮き上がり出す。



『お前なら、素直に俺に従ってくれると思っていた。
そう思ったから選んだのに……』



萩尾さんに言われた通り、私は幹人にとって都合のいい女だった。

自分の考えに逆らうことなく、黙ってついてくる。

そう思われていた。

私にも私の考えがあって、本当はギリギリまで悩んでいることなど、

彼には理解してもらえていなくて。



コンビニで絆創膏を買い、出血がある部分に貼り付けた。

こんなところに怪我をするなんて、子供時代以来かもしれない。

この程度でと思うべきなのか、こんなふうにと思うべきなのか。



『わがままでごめんなさい。幹人の活躍を、祈ってます』



電車の中で送信したメールに、返信が届くこともなく、

そのまま私たちは、終わりになってしまった。





「エ……ウソ!」

「ウソでそんなことは言えません。すみませんでした、お騒がせして」

「知花ちゃん」


小菅さんも優葉ちゃんも、目を丸くしたまま、言葉が続かない。

それはそうだろう。私だって、こんな風になるとは予想していなかった。


「すみません……」


私は一人で行くと言ったのに、千葉から両親が出てきてくれて、

式場への謝罪と、キャンセルの手続きは、長峰家総動員で行った。



『すべて知花が責任を取るなんて……』



母は、幹人があまりにも冷たいと悲しい顔をしたが、父は何も言わないまま、

その日の夜、長い間お酒につきあってくれた。



よかった……

私には家族がいる。そう思うだけで、何でも乗り越えられる。



そして、結婚が破談になったことを社長に話し、

ランチの時間となった今、『COLOR』で小菅さんと優葉ちゃんに事情を語る。

二人とも、食事をする手が止まってしまった。


「ごめんね、楽しいランチなのにこんな話になってしまって」

「そんなことはいいですけれど、でも、どうしてダメになったんですか?
だって、あんなにエリートで素敵な人……」

「優葉ちゃん、そういうことは聞かないの」

「小菅さん……」


小菅さんの手が、私の肩に軽く触れる。


「別れたい理由なんて、知花ちゃん本人が納得していればそれでいいの。
周りがあれこれ言うのは、余計なおせっかい。そうよね、知花ちゃん」

「……はい」


まだ不満顔の優葉ちゃんだったが、

そこへ聖子さんが3つのショートケーキを運んでくれる。


「あれ? ケーキは頼んでいませんよ」

「いいの、いいの、今日は私のおごり」

「エ……本当に? おごり?」


ケーキに目がない優葉ちゃんは、嬉しそうにフォークをわけていく。


「知花ちゃん、人生はこれから、これから。
きっともっといい男が出てくるから、堂々と待っていなさいな」

「はい」


これから私の人生に、素敵な人が現れてくれるのか、それはまだわからない。

でも、次に恋をするのなら、きちんと自分の思いを伝えられる人と、

本音で恋をしたい。

いただいたショートケーキのクリームは、甘くて優しい味だった。





『結婚を、やめることになりました』





その日の午後、あらためて事務所のみなさんの前で、頭を下げた。

誰一人、どうしてそうなったのかなど、傷ついた私に針を刺すようなことはなく、

優葉ちゃんと小菅さんは、美味しいお店で飲み会を開くことを約束してくれたし、

伊吹さんも塩野さんも、普段どおり仕事をこなしている。



三村さんも……

何も言うことはなくて……



それでもやはり、自分を取り巻く空気が重く感じてしまい、

タバコを吸おうとしたわけではないけれど、発表した後、

風に吹かれていたくて屋上へ登った。



カレンダーは8月に入り、『エアリアルリゾート』の仕事は、順調に動いている。

萩尾さんとの仕事も、第一段階は突破したため、すでに詳細の書類は、

三村さんに渡してしまった。



『伊吹』、『小菅』、『三村』、『土居』



ホワイトボードに、それぞれがどう動くのか、

秋以降についても仕事の割り振りが決められて、メモ書きがされ始める。

私の欄だけ、空白のまま。



『これからどうするつもりなの?』



母にそう聞かれて、答えられなかったのは、考えていなかったからではない。

本当は、結婚をやめたように、退職もやめたいのだけれど……




でも、その願いは、あまりにも身勝手な気がして、

言い出すことが出来ないままになっている。




【13-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【長峰広也・真子・知己】
それぞれ、知花の父、母、弟。
口数は少ないが、知花をしっかり評価している父と、明るくて優しい母。
そして、社会人になっているのに、まだまだ親に甘えている2つ違いの弟。

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