15 広がる思い 【15-1】

15 広がる思い

【15-1】

週末、指定された駅へ向かうと、会社の車ではないブラウンの車が目の前に止まった。

運転席を見ると、三村さんが帽子を被って座っている。

助手席も空いているし、後部座席も座れそうだけれど、どちらを選べばいいだろう。

迷っていると窓が開いた。


「長峰さんは客じゃないでしょ。前に座ってください」

「……はい」


私は助手席に座り、シートベルトを肩からかける。

後部座席ではなく、助手席。


「会社の車ではないのですね」

「あぁ、そうですね。社長の許可を得るのも面倒なので、自分で出しました」

「三村さんがですか、すみません」

「いえ、いいですよ。この間は千葉さんがうるさくて、
俺もあまりゆっくり見られなかったから」

「うるさかったですか」

「はい。よく話すし、よく聞くし、本当にハエのようにウロウロされました」

「ハエ?」

「ブーン……って言いそうなくらいです」


私はなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。

彼女だって仕事で頑張っているのに、たとえがひどすぎる。


「三村さんのたとえは、いつもひどいですね」

「ひどいですか? 俺、長峰さんに変なこと言ってます?」


私は、信じられませんという思いを込めて、三村さんを見た。

まだ数ヶ月前の話なのに、すっかり忘れてしまったのだろうか。


「覚えていないのですか? 言ってますよ。戸波さんのところに行くとき、
私、園児だって言われたでしょ」

「園児? あぁ、はいはい」


楽しそうにしているのが、園児のようだと、そう言われたことがある。


「あれはひどくないでしょう。
俺は精一杯、いいイメージで出したつもりですけど」

「いいイメージ?」

「本当に嬉しそうな顔が出来るのは、しがらみのない子供だけだと思うんですよね。
大人は笑っていても、どこかで何かを気にしているし。
俺はストレートに、長峰さんが楽しそうに見えたと言いたかっただけです」

「ストレート」

「はい」


サイドブレーキの横にあるのは、『WOLFのメンソール』

幹人と同じ銘柄を吸うからだろうか、この場所に初めて座った気がしない。


「さて、行きますか」

「はい、お願いします」


私たちを乗せた車は、信号が青に変わったことを確認し、

目的地へゆっくりと走り出した。





河口湖という、メジャーな観光地にも関わらず、

『エアリアルリゾート』の看板が道路標識と一緒に現れる頃になると、

都会のゴミゴミした雰囲気は、すっかり消えていて、

ここはおとぎの国にでも迷い込んだのかと思えるくらい、

緑や青、冬になれば白の空間が広がりそうな場所だった。


「まだ、あるのですね、探せばこういう落ち着いた場所」

「そうですね。経済が落ち込んでいて、
なかなか大きな開発まで、手をつける企業もなかったからですかね」


森を一つ挟むから、完全に日常の世界を区切ることが出来る。

デザインを作る前に見せてもらった写真より、もっと深く、静かな匂い。


「窓、少し開けてもいいですか」

「いいですよ」


秋も深まってきて、寒さも感じるだろうけれど、

それ以上に感じられるものがあるような気がして、私は窓を開けた。

車は徐々にスピードを下げていく。


「マイナスイオンがバシバシ出そうでしょ」

「はい」


和歌山の祖父が連れて行ってくれた、山の匂いとは違うけれど、

確かに、マイナスイオンはあちらこちらに飛んでいそう。


「日本も、もっと国土があれば、色々と出来るんでしょうけど、
難しいですよね、日常生活と離れた空間を、作るっていうのは」


私は風を感じながら、軽く頷いた。

世界には、もっともっと色々な場所があるだろう。

自然がいかに大きく、強く、優しいのか、それを知ることが出来る場所。


「あ、そうだ。三村さん『スペイン』にいたことがあるのですか」

「誰から聞いたんですか」

「『NORITA』の部長です。この間、新商品のお話をしにうかがったら、
スペインのメーカーの名前……なんだったかな」

「『SUAVE』でしょ」

「そうです、『SUAVE』。
少し奇抜なデザインだけれど、面白いので取り入れることになったそうで」

「あぁ、やっぱり。あの会社は伸びますよ、きっと」


私は開けていた窓を閉めた。開けていると風の音で、三村さんの声が聞こえにくい。


「ヨーロッパを流れているとき、一緒に動いていた人が、
仲間と一緒に興したというより、買い取った会社なんです。
小さな工場を受け継いで、その流通システムも取り入れたらしくて。
ただ、長峰さんの言うとおり、奇抜なんですよ。
日本に受け入れられるか微妙だと思っていたけれど、来ましたね」


『スペイン』、そう確か、三村さんの過去話を聞いたとき、

『イタリア』からいなくなったって言っていた。他にもどこか、訪れたのだろうか。


「『イタリア』と『スペイン』。他にもどこかに行っていたのですか?」

「他……あぁ、国のことですか。仕事でなければスイスにもいましたよ。
ほら、昔のアニメのような、あんな家にも」

「ハイジ?」

「そうそう、山小屋のような家」


頭の中で、テレビで見たスイスの見事な山並みと、登山列車が思い浮かんだ。




【15-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【千葉汀】
フリーライターの女性。
『ブランチライン』という雑誌の取材で、『DOデザイン』にやってくる。
色々な話題の情報をつかむことが上手く、それを記事にしようと動く。

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