16 もうひとりの人 【16-2】

【16-2】

消印がない手紙。

直接この場所に持ってきたのか、それとも何かの荷物の中に入れたのか。

封筒の四隅、一角だけが箱の下に隠れて見えない。

別に、私のものではないのだから、見るのは失礼だし、関係ない。



と思うのに……



『紘生』というのは、三村さんの名前。

疎遠になったという家族からのものだろうか。妹とか……



いや、それなら、『お兄ちゃんへ』とか書くだろうし……



だとすると、お母さん。



私の指は、いけないことだとわかっているのに、

その封筒を箱の下から抜き出し、勝手に裏を見てしまう。



『古川紗枝』




どういう人なのかはわからないけれど、三村さんを『紘生』と呼べる関係の人。

三村ではないのだから、家族以外で……



彼を支える人……

そう思えてしまう。





私は、元の位置へ封筒を戻す。

封筒に触れる指が、震えた。



三村さんは片付いていないと言っていたけれど、あらためて部屋の中を見てみると、

汚れているというイメージは持てなかった。

事務所の、カラーボードや素材集が乱雑に積み上げられたデスクの雰囲気からすれば、

確かに片付きすぎている。



それは、ここへ来る人がいるということ。

三村さんが、入ることを許す人が、いるということ。



私は、作品を見に来たはずなのに、その思いを受け入れてもらえたのに、

なぜか、重い気持ちをお土産に、ここから持ち帰ることになる。





見なければよかった。

そう思ったけれど、知ってしまったことは、消し去れない。


「すみません、遅くなりました」

「納得できましたか」

「……はい」


私はあらためて頭を下げ、ありがとうございましたと礼を言った。

三村さんは吸っていたタバコを消し、それを部屋の中に捨てるために戻ると、

すぐにまた出てきて、玄関の鍵を閉める。


「何か参考になりましたか、長峰さんの」

「……はい」


私が、子供のようにここへ来たがるので、三村さんは無理をしてくれたのだろう。

いくら作品のためだとはいえ、まだ残りたいなどと言ってしまった。


「三村さん、ごめんなさい」

「ごめんなさい? どうして謝るんですか。
俺は何も迷惑をかけられていませんけど」

「でも……」


私は、どこかで勘違いしていたのかもしれない。

『応えてくれる』という言葉を、何でも許してもらえるという気持ちに、

なっていたのかもしれない。

結婚寸前の男性と、うまくいかなかくなったかわいそうな同僚を励ますために、

仕事がうまくいかなくなると色々と大変だから、

だから、優しくしてくれているだけなのに。



『嫌なんですよ、人の気持ちの中にズカズカと入り込むようなことをされるのは。
見えない部分を、無理に見ようとする人に、話をしようとは思わない』



三村さんが見せない部分を、私は勝手に見てしまった。

『紘生へ』という言葉が、親しい関係を意味しているようで、

その隅にある名前を、確認してしまった。



見せたくない部分を、無理に見てしまった……

最低なことをした。



幹人と別れてから、まだそれほどの月日が経っているわけでもないのに、

私は何を考えているのだろう。

三村さんに、何を期待していたのだろう。


「長峰さん、どうしました」



この人を……





好きになってしまった。





「長峰さん!」


三村さんの大きな声に、私の足が止まった。


「俺が早く出るように言ったのが、気にいらないのですか」

「いえ、違います」


ここで足を止めていたら、私はどこかで気持ちを押し出してしまうかもしれない。

三村さんにそんなことはないですからと笑顔を作って、また歩き出す。


「そんなことで怒るわけがないでしょ。ただ、作品を見せてもらったことに、
気持ちが動揺しているのかもしれません」

「動揺?」

「自分も何かしたいなとか、色々と……あぁ、悔しいなとか」


うまくごまかせているだろうか。

怪しまれずに、済んでいるだろうか。


「私も頑張ります。少しでも三村さんに近づけるように」


そう、それはウソではない。

この人のように、自分を表現できる人になりたい。


「……頑張るのは、いいですけど」


必死に前に進んでいたら、やっと駅が見えてきた。




【16-3】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
幹人が知花と行くつもりだった『カナダ』は、世界で最も湖の多い国。
その数は、300万にのぼり、(世界の60%)
そのうち、オンタリオ州に25万の湖がある。(す……すごい……)

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