16 もうひとりの人 【16-4】

【16-4】

「どうしてそうなったのか理由はわからない。
でもね、彼にはそういうことも必要なのよ。
今までの人生、思い通りにならないことなんて、一度もなかったはずだもの。
どうしてなのかって考えることも、必要だって……」


有名大学に入り一流企業に勤め、出世も狙えるほど仕事も出来る。

確かに、幹人にとっては、初めてといえる位の挫折かもしれない。


「気持ち……揺れる?」


萩尾さんは、私の心を覗くようにそう言った。

私は、黙って首を振る。

申し訳ないという思いはあるけれど、考えていたほど、強いショックは受けなかった。





昨日の方が……





「長峰さん、頑張ってね」


萩尾さんは、そういうとコーヒーに口をつけた。


「幹人のためにもよ。あなたが前を向いて頑張ることが出来たら、
今すぐには無理かもしれないけれど、
結局はこれでよかったと思える日が来るはずだもの」


遠回りに見えることでも、必要なことがある。

幹人に、そう思ってもらえる日が、来るだろうか。


「……はい」


私は小さく返事をすると、残りの紅茶を飲み干した。





萩尾さんとの関係は、不思議な状態だった。

互いに『過去』となったからかもしれないけれど、

それほど憎いとか、嫌いだという感覚はない。

だからといって、個人的に会いたいとは思わないけれど。


「ただいま戻りました」

「あ、おかえりなさい」

「お帰り、知花ちゃん」


事務所の中には、フルメンバーが揃っていた。社長の前には三村さんがいて、

以前、アイデアを出していた喫茶店の椅子について、話し合っているように見える。


「長峰さん、すみませんでした」

「いえ、萩尾さんからOKもらいましたから」

「はい」


社長のデスクにある注文された椅子の写真。

三村さんが材料と形にこだわっただけあって、いいものになっている。

今は、洋風建築が増えていて、そう、少し前に見てきた萩尾さんの家、

あのリビングに対面キッチンがあれば、自宅用に使ってもおしゃれだろう。

席に座り、重ねた書類に軽く目を通す。

そういえば、『NORITA』のこと、この後、小菅さんと相談しないと。

商品を置いてもらえる場所が減ってしまえば、

宣伝などにお金をかけられないうちの商品は、なかなかさばけなくなる。



『『林田家具』が色々とね……』



『林田家具』の商品を入れるために、うちのものが追い出されてしまう。

まともなやり方で、大手とぶつかるのは難しい。


「まいったな」


三村さんは席に戻り、椅子の写真をデスクに置いた。

クライアントは、気に入らなかったのだろうか。


「何かありましたか」

「ない! と言えばウソですね」


三村さんはポケットにタバコがあることを確認して、もう1枚の紙を見せてくれた。

それは同じような素材で作るテーブルの設計図。


「これではないものにしたいと言われてしまって」

「形ですか? 今更?」

「形ではないんです。材質です。最初の打ち合わせで選んだ方は予算オーバーで、
話し合いをした結果、こちらでということになったのですが、
いざとなったらストップがかかって」


喫茶店のオーナーは、自分の夢である店を持つので、どうしても理想を崩したくないと、

材料の変更を申し出てきた。


「でも、予算が無理なんですよ。木の価格も上がっているから。
そう言ったら、デザインしなくていいって言い始めて」

「デザインをしない? どういうことですか」

「でしょ? それなら既製品を買えばいいじゃないですかって、ケンカ寸前ですよ。
うちに払うデザイン料金を減らせば成り立つのではないかって、
まぁ、どこから得てきた悪知恵なのか知りませんけど」


三村さんは落ち着くためにタバコを吸ってきますと、上着を手に取り席を立った。

私は残された写真と設計図を見る。

丸みの角度も、脚のつけ方も、三村さんが一生懸命に考えていたことを知っている。

お客様の足がどう動くのか、高さも、幅も計算してあるのに、

それを全て削れだなんて、あまりにもひどすぎる。

こちらがどれだけ苦労しているのかなど、わからないのだから仕方がないけれど、

希望を叶えられなければ、いくらいいものを作っても不満が残るだろう。



何か、いい方法はないだろうか。



せっかく、『DOデザイン』を見込んで、仕事を頼んできてくれたのに。



何か……



互いに笑顔になれる方法……



「あ!」


私は思わず声を出し、その場に立ち上がった。




【16-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
幹人が知花と行くつもりだった『カナダ』は、世界で最も湖の多い国。
その数は、300万にのぼり、(世界の60%)
そのうち、オンタリオ州に25万の湖がある。(す……すごい……)

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