16 もうひとりの人 【16-5】

【16-5】

計算機を使っていた優葉ちゃんが、今の声で驚いて間違えてしまったと怒り出す。


「ごめん、ごめんね優葉ちゃん」


私は走りながら両手を合わせて、そのまま事務所を出た。

そう、せっかくの希望なのだから、こちらも精一杯こたえたい。

だからといって、言いなりでは、利益も上がらないし、

デザインを考えた三村さんの思いも、報われない。

だとしたら、予算を生み出す方法を、考えるべき。

私は、エレベーターに飛び乗り、少しでも早く動くように、ボタンを連打した。



屋上、正直寒い。

しかも、飛び出してきたから、何も羽織るものがなかった。

でも、それを取るために戻るわけにはいかない。


「三村さん」


いつものベンチに座り、タバコをふかしている三村さんは、

珍しくすぐに振り返ってくれた。


「珍しいですね、一度名前を呼んだだけで振り返ってくれるのは」


私は、少し小走りで、ベンチの前に向かう。


「何か苦情の電話でもありましたか、相手から」

「ありませんよ、大丈夫です」

「……なら、何か」

「あの……」


私は、出来上がる喫茶店を、

新たな『DOデザイン』の『ショールーム』にしてはどうかと提案した。

いくら勘のいい三村さんでも、すぐには理解できないだろう。


「今回は、お店で使う椅子もテーブルも、カップをしまう食器棚も、
全てうちがデザインしていますよね。
それならば、それと同じものが欲しいと思う人たちが、実際に触れて、座って、
注文できるようにしたらどうかと思いまして」


『NORITA』などに商品を置いてもらっても、別の会社の商品と混ざっているため、

具体的なイメージは作りにくい。でも、お店に椅子とテーブルが並び、

食器棚があれば、トータルでイメージを頭に描けるだろう。


「今は、ネットで販売、購入。これが受け入れられていることもわかっています。
でも、私は……」


木のぬくもりは、家具の使いやすさは、実際に手で触れて、

目で色を見て、鼻で匂いを感じなければ、わかってもらえない気がする。

だから私は、優れた作品があると聞くと、写真だけでは満足できなくなる。


「感覚を、大切にしたいんです」


お店には、うちの商品が注文されたり、問い合わせがあった場合、

それなりの報酬を約束する。もちろん、売れなくてもお店側に損失は出ないし、

『DOデザイン』も、元々、買い手がついたものを使いながら展示しているわけで、

損は出ない。


「展示かぁ……」

「はい。実はこの間、『NORITA』から、新商品は入れられないと断られてしまって。
『林田家具』のウッドライフに問い合わせが多くて、スペースが広がったらしいんです」

「あぁ……あの箱の塊ね」


三村さんは、何もおもしろくないものだと、そう切捨てた。

確かにそうかもしれないけれど、選ぶのはお客様だから、仕方がない。


「家具との関わり方は、人それぞれですから」

「まぁ……そうですね」


幹人たちがたくさんの商品を売っていくこと。

その商品をお店が仕入れたいと思うこと。どちらも真剣な商売なのだから、

場所を取られたからといって、文句など言えない。


「今、私たちが担当することになった『パン屋』さんでも、
同じことが出来るのではないかと……」


商品そのものに興味をもってもらってもいいし、パンフレットなどを置き、

注文家具が作れることをアピールしてもいい。

各店舗をみんな、宣伝の場所だと思えば、少しでも道が開けないだろうか。

三村さんは、指に挟んだタバコを吸わずに、黙っている。

そして、まだ半分くらい吸えるのに、もみ消してしまった。


『お客様の店をショールーム』だなんて、今までしたことはないし、

どれくらいの効果があるのかもわからないのだから、

そう簡単に賛同はしてくれないだろうけれど。


「……クシュン」


勢いでここまで来て、思いのままに話してしまったら、急に寒くなってきた。

三村さんからの返事はないし、反対意見も言ってくれない。




甘かったのかな……私。




今までなら、頭に浮かんだことを、後先考えず話してしまうなんて、

こんなことはしなかったけれど、相手が三村さんだから、言ってしまった。

でも……



「エ……」



私の両肩に、三村さんの上着。


「そんな薄着で立っていたら、風邪、ひきますよ」


『WOLFのメンソール』。



……三村さんの香り。



「ふぅ……」


三村さんは息を吐き出すと、一度大きく背伸びをした。

私はかけてもらった上着を、右手でつかむ。


「そうか、『ショールーム』か、思いつきもしませんでしたよ、俺。
テーブルのデザインを簡単になんて、
まるでどうでもいいって言われたみたいだと腹立てて。
もう仕事なんてしたくないって、ここへ来て……。
クライアントのことなんて、これっぽっちも考えなかった。
今の材料で、デザインでOKだと、どう頷かせようかって、そればっかり……」



『こっちが言いたいことを、言葉の端端で読み取るというか、
逆に訂正されそうなところは、どう押せばいいのか、しっかりと考えてきているのよ。
何度押し込まれたことか……』



萩尾さんの言葉が、頭に浮かんだ。

相手の思いと、こちらの思いと、バランスを取るのはなかなか難しい。

時には、絶対に譲らないという姿勢も大切だろう。


「長峰さん」

「はい」

「そのアイデア、いいと思います。一緒に社長にかけあいましょう。
向こうに損はないし、受け入れてもらえるはずです。それと、次の店にも……」

「……はい」


よかった……

初めて役に立てた気がする。


「長峰さんは、やっぱりすごいです」


三村さんは少し肩をすぼめた。

私は寒いのだろうと思い、かけてもらった上着を渡そうと思ったが、

その動きを止められる。



私の腕。

強くつかまれた場所が勝手に熱くなった。




【16-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
幹人が知花と行くつもりだった『カナダ』は、世界で最も湖の多い国。
その数は、300万にのぼり、(世界の60%)
そのうち、オンタリオ州に25万の湖がある。(す……すごい……)

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