16 もうひとりの人 【16-6】

【16-6】

「あなたは俺にないものを持っている。素材に対する優しさとか、
気持ちのまっすぐさとか……」



三村さんになくて、私にあるもの。

そんなものは、本当にあるだろうか。



「だから……好きなんです」



『好きなんです』

耳に届いた言葉は、確かにそう聞こえた。

でも、聞き返すことなど出来なくて……


「戻りましょう、さっそく社長に相談です」

「あ……はい」


三村さんは私の手を握ると、力強く引いてくれた。

エレベーターを呼ぶ間に、私は羽織った上着を取り、三村さんに返す。


「ありがとうございました」

「あ……はい」


これを羽織ったまま事務所にでも入ったら、優葉ちゃんあたりが、

それこそ声をあげるだろう。



『だから……好きなんです』



二人きりのエレベーターで事務所に戻る、少しの時間。

今までに感じたことがないくらい、緊張する。


「そうだ……昨日はどうしたんですか」

「エ……」

「昨日、なんだか慌ただしく帰ってしまったから。
俺、何かまずいことをしたのかなと、そう思って」


そうだった。三村さんの作品を見せてもらった後、食事をしようとしたのに、

罪悪感に耐えられなくて、逃げてしまった。

まずいことをしたのは私。

三村さんの部屋で、勝手に置いてある手紙の宛名を見てしまった。

しかも……女性からの手紙だったから。


「いえ、あの……たいしたことではなくて」


どうしよう。どう言えば通り過ぎてもらえるだろう。

エレベーターを待ち、降りる時間がこれほど長く感じられるとは。


「カギが……」

「カギ?」

「はい。部屋のカギ、さしっぱなしで来てしまったような、
そんな気がして」

「さしっぱなし?」

「あ、はい。途中で違うことに気づきましたけれど」


おかしいだろうか。

数日前に、スーパーへ行こうとして、

カギをさしっぱなしにしたまま、数分歩いてしまったことを思いだしたから、

とっさにそう、話してしまった。

何か言わなければ、何もかも見抜かれそうで怖い。


「そうですか。それならよかったです」

「すみませんでした」


話しの空気を断ち切るように、エレベーターの扉が開いてくれた。

三村さんの後を歩き、事務所に入る。

イスに座り、業界紙を読んでいる社長に、二人で声をかけた。

私が上で話したことが、三村さんの口からさらにわかりやすく語られていく。

三村さん、あの短い間に、色々とアイデアを付け足してくれた。


「ほぉ……」

「どうですか」

「『ショールーム』かぁ、いいかもしれないな」


社長への話しが、結局全体会議となる。

そして皆さんの賛同を得て、今まで商品を納めた場所で、

人の出入りがありそうなところに、

担当者が当たっていこうというところまで一気に動くこととなった。

まずは、長く付き合いのある店にお願いし、こちらの意図を理解してもらう。

その中の1つに、私たちがいつもお世話になっている『COLOR』も入った。


「ショールーム……」

「はい。このお店に入れてある家具や、
この椅子や机が、すべてマネキンのようになるというわけなんですが」


古いものは古くて構わない。

逆に、その歴史を感じ取ってもらえたら、むしろいい効果を生み出す気がする。


「パンフレットを作成します。まずはお店のレジ近くにでも置いていただけたら……」


聖子さんの目、真剣そのもの。


「わかったわ、もちろんOKよ」

「あ、ありがとうございます」

「いいのよ、お互い様。うちは『DOデザイン』で出来ているようなものだものね」

「聖子さん、それはオーバーですよ」

「ううん、その縁でみなさん利用してくれているわけだし、
売り上げだって大きいもの……ね、これからもよろしく!」


聖子さんは、話しに降りた私と小菅さんに、深々と頭を下げてくれた。

そんなことをされたら困りますと笑って返すと、

それもそうよねと、笑顔を見せてくれる。


「ということで、今日は『エビスパ』を3人前」

「はい、了解」


私たちはいつもの場所に座り、揃って昼食を取ることにした。





悪いことをしてしまった後に、出したアイデアが採用された。

どうしようかと迷っていた三村さんの、少しは力になれた。



そのことで少しは気持ちが……

晴れたらいいのに。



『勝手に手紙の差出人を見た』

この、もやもやとした気持ちは、何をしていても晴れていかない。

一人部屋にいると、この問題だけがどんどん頭の中に場所を広げていきそうな気がして、

私は週末、千葉の実家へ戻ることにした。




【17-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
幹人が知花と行くつもりだった『カナダ』は、世界で最も湖の多い国。
その数は、300万にのぼり、(世界の60%)
そのうち、オンタリオ州に25万の湖がある。(す……すごい……)

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