18 知りすぎた日 【18-3】

【18-3】

もう出発の時間だろうか。

そんなに長い間、ここにいたのか気になり、携帯を出してみる。


「ごめんなさい、もう、出発ですか」

「いえ……」


三村さんは、私の隣に並び、手すりを両手でつかんだ。

タバコでも吸うのかと思っていたのに、そんな素振りは見せない。

互いに話せる状態なのに、話したいと思うことがないのは、

時間が気持ちを押しつぶしそうで、少しずつ辛くなる。


「あの……」

「はい」

「何か、ありましたか」


三村さんは、私にそう尋ねて来た。

何かあったのかと言われて、ペラペラと話せるようなことは何もない。


「いえ、何も……どうしてですか」


私、妙な態度を取っていただろうか。

あの日のことを、知って欲しくなくて、変に避けたりしていただろうか。


「なんとなく、ここのところ元気がなさそうで」


元気がない……のは、ないかもしれない。

どこに持って行けばいいのかわからない思いも抱えているし、

知ってはいけないことを知ってしまった申し訳なさもある。



でも……ここで言えない。



「あぁ……あの……『エアリアルリゾート』の仕事、
最後まで関われるとは思っていなかったので、なんだかこう、
胸がいっぱいなのかもしれません」

「胸がいっぱい」

「はい」


そう、それはウソではない。

私は、両手で手すりをつかむと、一度グッと強く握りしめた。


「出来上がっていく過程も見ていましたけれど、いよいよ、完成かと……」

「そう……ですか」

「はい」


少し前まで、私は幹人と結婚し、会社は辞めるつもりだった。

『エアリアルリゾート』の完成を、スタッフ側として見ることが出来るとは、

夏くらいまで全く思わなかった。


「この仕事で終わりという思いがいつもあって、後悔しないように出し切りたいと、
たくさん気持ちを込めてきたので、どこか拍子抜けしているのかもしれないですね」


手すりを掴んだまま、体を前後に揺すってみる。

ただ、立っていると、まっすぐにこちらを見る三村さんと、

目が合ってしまいそうで、怖い。



隠そうとしている思いが、見抜かれてしまいそうで……



怖くてたまらない。



「脱力感ですか」

「脱力感。あぁ、はい、そうだと思います」


私の視線の先に、車がわからずに迷っている社長が見えた。

2つ分右に動けばいいのに、なぜか反対に歩き出してしまう。

簡単な迷路に迷い込んだ人のように見えて、おかしい。


「三村さん、そろそろ行きましょう。社長が下で迷っています」


私は、手すりから手を離し、上に向かう人の波が切れる時を待つ。


「……はい」


私は、滑らないように階段を降り、迷ってあちこち見ている社長に、

こっちですと声をかけた。


「おぉ、長峰、どこに行っていた」

「どこって、そこです」

「そこ?」


私は、小さな石の階段が目の前にあり、

小高い場所から見ると、景色がいいものだと説明する。


「景色、何が見えた」

「いつもなら湖が広がるらしいですけれど、今日は曇っているので、
あまり先が見えません。ちょっと無理でした」


社長と私が先に車に乗り込み、三村さんが運転席へ入る。


「あとどれくらいだ、三村」

「あと……30分くらいだと思います」

「そうか」


それからも車は順調に走り続け、渋滞などにぶつかることもなく、

予定より少し早めに現場へ到着した。

さすがに、完成披露の日とあって、出入りをする人が多く見える。

私たちの意見を取り入れてくれた『エアリアルリゾート』の社員さんたちから、

挨拶を受けた。

指示された駐車場に車を止めて、私たちは初めて完成した場所に立つ。

深みのある色合いは、自然と強調し合い、こちらに向かってきた。


「こんにちは」


フリーライターの千葉さんが、私たちを見つけて、駆け寄ってきた。


『千葉灯』さん。

三村さんは少しだけ頭を下げたけれど、すぐに彼女から離れようと、

別方向に動き出す。


「こんにちは、長峰さん」

「こんにちは」


千葉さんの視線の先には、不機嫌そうな三村さん。

勝手な記事作成の問題は、いまだにゼロとはなっていないらしい。


「あ~ぁ、相当嫌われましたね、私」


千葉さんもわかっているのだろう。無理に三村さんの方へは動かず、

社長に挨拶をしてくれた。社長は、特集記事は楽しかったと、

当たり障りのないコメントを返している。


「ありがとうございます。
今回は、こういったコラボに取材という形で関わることが出来て、
本当によかったです」

「そうですか」

「はい。三村さんには怒られましたけれど、でも負けませんよ。
私はこれからも、自分が興味を持ったことを、とことん追うつもりです。
書くことから逃げないように」


千葉さんは、取材ノートを軽く叩き、自分にはこれが全てだと笑顔を見せた。




【18-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『肉まん』が最初に売り出されたのは、1927年。(今年で100年)
発売したのは中村屋。1月25日は、『肉まん』の日となっている。
理由は、日本最低気温の日にちなんで、温かいものを食べてもらいたいから。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


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