19 ぶつかりあい 【19-3】

【19-3】

「でも、電話があったのは、あの日より後でしょう。あの日はどうして……」


今更、何かをごまかしても、何も伝わらないのだから、覚悟を決めないと。


「見てしまったんです」


三村さんは、『何を』と言いながら、私の言葉を待っていた。


『古川紗枝』さん。

三村さんの部屋で、許可なく私が勝手なことをしたのは事実。

こうなったら謝るだけ謝ろう。

今この瞬間の怒りと、あの出来事とはあくまでも別なのだから。


「あの日、一人で部屋に残されて、しばらく作品を見ていました。
時間が経った事に気付いて、外に出ようとしたとき、届け物の箱の下に封筒が見えて」

「封筒?」

「はい……『紘生へ』って」


三村さんの顔が、何かに気付いたのか、納得したものに変わった。

どの手紙のことを意味しているのか、理解してくれただろう。


「疎遠になっていると聞いた、ご家族からなのかなと、つい……」

「中を読んだ」

「いえ、違います。差出人の名前を……勝手に……」


口に出すと、本当に自分の行動が最低のものに思えてきた。

形を変えてはいるけれど、泥棒したようなものだ。


「それで『古川紗枝』の名前を見た」

「はい……ごめんなさい」


ごめんなさいだなんて、子供のようだけれど、でも、これしか出来ない。

情けないけれど、それが本当のことだから。


「そうか……」

「自分でも情けないです。三村さんの顔、まともに見られません。
だからあの日も、食事をする気持ちにはなれなくて……」


そう、下を向くしかない。誰が聞いても、最低、最悪レベルの私の行動。


「ダメだな」

「はい、本当にすみません」


何を言われても、最低だと罵られても、言い返すことなど出来ない。


「いや、長峰さんがではないです。俺がです」

「三村さんは……」


他のことはともかく、このことについて三村さんは何も悪くない。

誰がどう聞いたって、悪いのは私。


「自分で抑えられない気がしたんですよ、あの日」


抑えられない。それはどういうことだろう。


「あなたが俺の部屋に来て、賞を取った作品を、本当にキラキラした目で見てくれて、
細かいところに気持ちを込めたところも、本当に気付いて見てくれて。
そんな長峰さんの表情を見ていたら、とても冷静でいられない気がしてきて、
で、俺は部屋を出てくれと、そう言いました」

「どういう意味ですか」

「……あなたに触れたいと思ったからです」


触れる……


「でも、そんなことしたらドン引きでしょう。隣にベッドは見えるし、
ここは自分の部屋だし、絶対的に俺が有利だけど、でも……」


三村さんは、話しながら自分の席に座った。

うつむいた状態を支えるように、両手がおでこの下に向かう。


「長峰さんは納得して、自分で決めたとそう言ってくれたけれど、
理由はどうであれ、結婚寸前までいった人と、別れたばかりだ。
まだ、心の傷も癒えていないかもしれない。
それなのに、自分が勝手に気持ちを盛り上げて、押し付けてしまうのは、
あまりにも身勝手な気がして」


幹人と別れた理由。

三村さんに、細かい理由を語ったわけではないけれど、萩尾さんとのこともあって、

だいたいはわかってくれている。


「でも、やっぱり抱きしめたいと……そう思うわけですよ。俺、男なので……」


三村さんが部屋を出るように言ったのは、

私を入れたくなかったからではなかった。


「あなたの目につくようなところに、手紙を残した俺が悪いです。
それを見て、妙に勘ぐらせてしまったのなら、謝ります」

「いえ、そんな……」

「いや、謝りますよ。勘違いされたら困りますから」

「勘違い……」

「『古川紗枝』は、そう、確かにあの電話で『婚約者』という言葉を出したと思います。
何も知らない人に、勘違いされてもおかしくないけれど、
それは互いの家を知りすぎている親が、決めたことです。
前に俺、言いましたよね、大学に入った頃は、
商売を継ぐものだと疑っていなかったって」

「はい」

「確かに、昔から、母に言われていました。『お嫁さんにするなら紗枝ちゃん……』って。
もちろん、俺も向こうも本気にはしていなかったので、適当に聞き流していて。
それが……海外で暮らしている時に、またその話を出されて。
『デザインの仕事』が出来るなら、他の事は正直どうでもいいと思っていたし、
あいつの性格上、そんなバカげた話は受けないと自信もあったので、
あいつがそれでいいというなら考えると、簡単に言っていました」


幼い頃からの知り合い。

だから、あれだけ親しそうな態度だった。


「紗枝の手紙より少し前に、母から手紙をもらって、
『婚約』の話が、浮いたままになっていることを知り、紗枝に手紙を書きました。
そう、紗枝とはこの問題について、話し合ったこともなかったので」


三村さんは、自分は自分の信じる道を進むと、紗枝さんに宣言したと言う。


「『デザイン』の仕事をすると、母親には宣言してあります。
でも、イタリアから逃げて以来、父とは言葉も交わしていません。
もちろん親戚ともです。だから、千葉さんのように勝手に行動されるのは困るんです。
ここで働いている状態を、快く思うわけがないことは、自分自身わかっているので」


電話の後、紗枝さんは直接三村さんから話が聞きたいと連絡を寄こし、

二人は久しぶりに会うことになった。




【19-4】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
明治時代以降、ヨーロッパの家具に使われていたウォールナット(クルミ科)、
チーク(クマツヅラ科)、マホガニー(センダン科)が『世界三大銘木』と言われ、
特にマホガニーはワシントン条約によって制限されるほど、貴重なものである。

コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント