19 ぶつかりあい 【19-4】

【19-4】

「生活ぶりを隠しているわけではないので、俺の部屋で話をしました。
あいつには迷惑をかけたところもあるし、すべてを見てもらった方が、いいと思ったので。
まぁ、たいした生活ではないですけど、後ろ指を差されるものではないですし。
あ、でも、男女の関係ではありませんから」

「……そんなこと聞いてません」


顔が赤くなりそうなことをさらっと言われてしまうと、

私のほうが逆に意識してしまう。


「そうですか? そこは大事な気がするんですけど。
俺、長峰さんには隠し事をしないと言いましたし」


三村さんはそういうと、ポケットからいつものタバコを取り出した。

私は、つい、クセで、ここでは吸わないでくださいねと言ってしまう。


「わかってますよ」


『婚約者』になりそうだった人との、過去の話。

今は、互いに幼なじみという元の状態なのだろうか。

彼女も、それは昔のこと、親の勝手な考えだと、納得してくれたのだろうか。


「はぁ……」


三村さんは、タバコを見つめ、ため息をついた。

なんだろう。我慢できないほど、吸いたい気分なのだろうか。


「正直、彼の名前を呼ばれたの……ショックでした」

「あ……」


そうだった。この言いあいのきっかけを作ったのは、

『WOLFメンソール』の匂い。


「なんだよ! って、一瞬で理性が吹っ飛びました」


三村さん、確かにそこからすごく怖かった。


「銘柄、同じなんです」

「銘柄? タバコのですか」

「はい……『WOLFのメンソール』」


事故のことを聞いて、気にしていたことは気にしていた。

でも、幹人を忘れられないとか、まだ好きだとかそういうことではない。

香りが、連想させただけ。


「あの人、これ吸うんだ」

「はい。あの……ボックスという固い箱ですけど」

「へぇ……」


私も自分の椅子に座って、心を落ちつかせる。

黙って手紙の相手を確認したことで、気持ちがずっと晴れなかったけれど、

謝ってしまって、スッキリした。


「ごめんなさい。私も名前を出したことには、自分自身驚きました。
でも、まだ好きだとか忘れられないとかではありません。
正直、結婚を決めていた頃より、今の生活の方が数倍楽しいですし。
だけれど……」


だけれど……


「何ですか」

「事故に遭ったというのは、やはりショックでしたから。
私、彼に不幸になってほしいとは思っていません。
出した結論が、私にも彼にもいいものであって欲しいと、思っています。
理想論かもしれません。実際、この間会ったときには、さんざん言われましたし」

「何を言われたんですか」



『いい気なもんだな』



幹人の怒りしかない顔が、キツイ言葉とともに、蘇る。


「いえ、具体的なことではなくて、彼はまだ、抜け切れていないのだと、
それがわかりました。だから、事故に遭ったと聞いて気になって。
申し訳ないという思いも、どこかにあるのだと……」

「長峰さんが悪いわけではないでしょう」

「ないかもしれないけれど、でも……無関係ではないし」


100%の切り替えが出来るまでは、もう少しかかるだろう。

私が決めた形ではなくて、幹人が自身が幸せだと思える日が、早く来て欲しい。


「そうですか……難しいですね」

「はい」


静かになると、時計の針の音が聞こえてくる。

外を走る車の音も、これだけ聞こえるとは思わなかった。


「それなら俺は、このままでいいですか」


どういう意味だろう。私はどう返事をしていいのかわからない。


「このままって……」

「長峰さんへの気持ちは、このままでいいですかってことです。
あなたを……自分にとって大事な人だと思っていいのかと、そういうことです」


このままというのは、私に対しての思い。

三村さんのストレートな言葉が、もやもやした心の中を一直線に走っていく。


「……はい」


ウソなどつけない。

私は、三村さんが好きだということを、

今回のことで、自分自身が一番よくわかってしまったから。


「わかりました。それならゆっくりと気持ちを整えてください」

「……はい」


ゆっくりと、前に向かう。


「前にも話をした通りです。俺は、あなたの思いに必ず応えますから」



『応えてくれる』

そう、三村さんが宣言してくれたことで、私はたくさん救われた。


「はい」


あなたに気持ちが向かっていることは、間違いない。

仕事でも、プライベートでも、刺激されることがたくさんある。

少しでもそばにいたいと願う気持ちは、今でも持っているけれど、



もう少し……



「無理は言いませんが……」

「はい」

「あと1回だけ……」


そういうと、三村さんの顔がこちらを向いた。

眼差しと動く口元で、何を言いたいのかがわかる。

許して欲しいと言ったのは、きっと……




私は、黙って目を閉じる。





三村さんの唇のぬくもりを感じる前に、扉が開く音がした。

慌てて目を開けてみると、少し酔っている社長が、楽しそうに戻ってくる。


「おぉ、社員たちよ。クリスマス前なのに、よく頑張るな! 偉いぞ!」


社長は、打ち合わせが思ったよりもうまくいったと、上機嫌で洗面所に向かった。

手を洗っているのか、鼻歌がずいぶん大きい。


「このタイミングで戻るか、普通……」


三村さんの呟きがおかしくて、私は自然と笑顔になった。




【19-5】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
明治時代以降、ヨーロッパの家具に使われていたウォールナット(クルミ科)、
チーク(クマツヅラ科)、マホガニー(センダン科)が『世界三大銘木』と言われ、
特にマホガニーはワシントン条約によって制限されるほど、貴重なものである。

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