21 ひとつ先へ 【21-1】

21 ひとつ先へ

【21-1】

「『NORITA』が?」

「そうなんです。急展開ですけれど、新商品も並べられることになりました」

「おぉ……でかしたな、長峰」

「いえ、私は何もしていません」


そう、私は何もしていない。

ただ、そういうふうに流れが向かっただけ。

私は社長に報告を終えると、自分の席に戻る。


なんとか置いてもらうはずだった小さなジュエリーボックスは、

急に風が動いたことで、期待される商品に変わった。


こうなったら、納得するものを送り出したい。

私はあらためて素材選びを考えるために資料を持ち出し、1から計算し直すことにする。

何気なく横を見ると、隣の席にタバコがなかった。

おそらく三村さんは屋上だろう。

もう、風に吹かれているには、相当寒い時期になったけれど、

タバコを吸う人は、それでも上に向かいたいのかと思うと、なんだかおかしくなった。


小菅さんと優葉ちゃんが仕事をしていることを確認し、

私は上着を手に取り、エレベーターの方へ向かう。

誰かが来たら、なんて言ってごまかそうかと思いながら待っていると、

空のエレベーターが、どうぞと扉を開けてくれた。





屋上に止まったエレベーターから、一人で降りる。

扉を開けて外に出ると、すぐにいつものベンチを見た。

あれは間違いなく、三村さんの背中。

私はゆっくりと静かに、気付かれないように近付くことにする。


「あまり長くいると、風邪ひきますよ」


三村さんは、いつものベンチに上着を着たままで、少し背中を丸くしていた。

声をかけてもすぐに返事がないのは、そう、いつものこと。

後ろから覗き込むと、やはり図面とにらめっこしていた。

ボードを両足の上に乗せ、その上に紙が置いてある。


「よく伊吹さんと社長は、今までこれで乗り越えてますね。
俺、だんだん耐えられなくなっていますけど」

「事務所でタバコが吸えないことですか?」

「はい」


確かに、アイデアに詰まってしまうと、吸いたくもなるだろう。

私は、三村さんの隣に座りながら、

以前、少し歩いたビルに空きが出て、引越しをしようとしたのだと話してみる。


「喫煙できるから?」

「そうなんです。そのビルは特に大家さんからNGはないみたいで」

「へぇ、どうしてダメになったんですか」

「塩野さんが大反対しました。
社長、塩野さんの部屋では、今でも絶対にタバコを吸えないそうですよ」


そう、塩野さんは社長をどんなに寒くてもベランダへ追い出すらしい。

飼っているネコちゃんが、とにかく煙を嫌い、クシャミが出るというのが理由だと、

小菅さんから聞いたことがあった。


「塩野さんか」

「はい」

「社長、弱いからな」


三村さんはタバコをくわえたまま、1本の線を引いた。

風に吹かれたタバコから、紙の上に灰が落ちる。


「うわぁ……」


三村さんは慌ててタバコを灰皿代わりの缶に入れると、紙の上に落ちた灰を払った。

デザイン用紙には、幸いこげなどは残っていない。


「そんなに吸いたいのなら、『COLOR』へ行けばいいのに」

「俺、ここに入社してから学んだことがあるんです。
アイデアに詰まっているときは、聖子さんと会ったらダメなんですよ」

「どうしてですか」

「何これ、何作るの、まぁ素敵ね……って聞いてくるから」

「あはは……」


聖子さんは色々なことに興味を持ってくれる。

確かに、図面など広げていたら、どういうものが出来るのかと、

聞いてくるのは目に見えていて……

いい人だとわかっているから、振り払ってしまうのは悪いし、

ついつい、くだらない話ばかりが進んでしまう。


「大変ですね、タバコを吸う人は」

「でしょう。肩身を狭くしながらも、頑張っているわけですよ」

「そうですか」


どうでもいい会話だけれど、なぜだか気持ちがほっとした。

幹人とのことも、引越しをしようと思うことも、話したいと思いここへ来たのに、

どうでもいい気がしてしまう。


空気を吸って、風を感じて、そして……



三村さんがここにいることを知って……



「では……」

「は? 戻るのですか」

「戻りますよ、私は暖かいところで仕事したいですし」

「何か話しがあったのでしょ、話せばいいのに」


話……


「ここに上がってくるときには、ありましたけれど、今はどうでもいい気がしてきて」

「どうでもいい?」

「はい」


そう、もうどうでもいい。

私は、自分の思うままに行動すればいいのだから。

引っ越したいのなら引っ越せばいいし、誰に遠慮することも気をつかうこともない。


「どうでもいい話でもいいですよ、俺、聞きますから」

「いいですよ、仕事中ですし」


細かい図面と向かい合っているのだから、邪魔をしたら申し訳ない。

私はそういうと一人立ち上がった。




【21-2】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『DOデザイン』では、社長、伊吹、三村の3人が好むタバコ。
今でこそ、20歳以上でなければ吸えない規則だが、
明治時代は、子供が吸っても特に問題なくOKだった。

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