21 ひとつ先へ 【21-5】

【21-5】

「長峰さん」

「……はい」

「色々と気になるのでしょうが、気にしないでください。
紗枝も『婚約』という話が、今更生きているとは思っていませんから。
おそらく俺が考えていることは親にも伝わるでしょうけれど、
家に戻らないということも、もうずっと前に結論付けてきました」


同じ日本に住み、探そうと思えば探せるのだから、

確かにもう諦めてくれていると思う方が正しいだろう。


「何があっても、俺は今の環境を捨てるつもりはありません。
だから、長峰さんが心配するような状況にもなりませんから」

「はい……」


そう思いたい。心のそこから……


「あの……」

「はい」

「本当にわかってます? また、わかったふりを無理にしているってことは、
ないですか?」

「エ……」


わかったふりなのだろうか、確かに気にならないといえばウソだけれど、

これ以上、追求しようもないから飲み込もうとしている。


「ふりなのか、どうなのかはわからないですけれど、三村さんを信じます」

「はい」


そう、信じるしかない。

いつも本音でぶつかり、ウソを並べなかった人だから、

私も本気で、精一杯信じるしかない。


「それなら……」


三村さんの顔が、こっちに……

黙って目を閉じて……



「おぉ、社員諸君!」



ぬくもりが届く前に、社長の声が響く。

私は、三村さんの顔を押し返し、その場で立ち上がった。


「あ、お帰りなさい、工場のOK出ましたか」

「おぉ、出た出た。長峰のアイデアで通ったぞ」

「あぁ……よかった」


小さな仕事とはいえ、初めて一人でやり遂げられた。

その気持ちだけで、心の中が一杯になる。


「あれ、三村、お前まだ残っていたのか」

「はい……」

「そうか、伊吹と組んだからきついだろう。あいつは仕事となると、
何も見えなくなるくらい厳しいからな」


社長は嬉しそうに笑うと、買ってきた缶ビールを勝手に開ける。

ここは仕事場、以前、戦場だと言っていたような気がするけれど。


「伊吹さんより、何も見えない人が前にいますけどね」

「なんだ、何か言ったか。飲みたいのか? やるぞ」

「そんなことは一切、言っていません」


私は、以前も同じような瞬間があったことを思い出す。

そこからは、笑いをこらえるのに必死だった。





その週末、2月末にしては暖かい日差しを受けながら、

私は引越しをすることになった。

朝早くから業者の方が、トラックにどんどん荷物を入れていく。

プロなのだから当たり前だけれど、時間にも動きにも無駄がない。


「えっと、荷物はこれで最後ですか」

「はい」


そう言ってから部屋の方に振り返る。

何もかもなくなった場所に立ち、あらためて中を見回した。

タンスが置いてあった場所だろうか、壁紙の色が変わっている。


大学生から社会人になり、便利だと思いここを選んだ。

下の店は2度ほど変わったけれど、私はずっとこの部屋で過ごし、年齢を重ねた。

幹人と付き合うようになり、一部屋しかないのに箪笥の中に彼の服が入るようになって、

押入れに少しだけ服をかけられるように改良して……

そんな生活は、もうおしまい。


「それでは出発します」

「はい、よろしくお願いします」



『じゃあな、知花』



何度もこの玄関で、幹人の声を聞いた。

この最後の時にも、どこかから聞こえてきそうな気がする。


「じゃあね……幹人。ありがとう」


私は、小さくつぶやくと、思い出の詰まった玄関の鍵を閉めた。




【21-6】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

≪Dressing 豆知識≫
『DOデザイン』では、社長、伊吹、三村の3人が好むタバコ。
今でこそ、20歳以上でなければ吸えない規則だが、
明治時代は、子供が吸っても特に問題なくOKだった。

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