【S&B】 32 君の居場所

      32 君の居場所



『僕が……チーズだからだ』



メガネを外された三田村は、その言葉にしばらく動けなくなっていた。

絶対に知られるはずのない名前を出されたのだから、驚きも半端なものではないのだろう。

しかし、こんなことだけで、慌てられては正直困るのだが、彼女は知らないうちに、

どこかへ風で飛ばされてしまったくらいの、放心状態に見えた。


「ウソ……」

「ウソじゃない」


僕は『ぺこすけ』を知ることになったいきさつを、うつむいたままの三田村に告げた。

HNの由来と、以前、三田村が口にした言葉が似通っていたこと、ランチを食べた後のコメントに

出ていたデザートが同じで、そんな出来事から疑問が確信に変わったこと。

黙っていようと思ったが、PCを通さない場所で、話がしたかったこと。


出来る限り丁寧に、語ったつもりだったが、三田村の表情は崩れていく一方で、

言葉に出来ない想いが、小さな怒りに変わり、彼女の手は僕の頬を叩く。


パチンという乾いた音のあと、三田村は叩いた右手をグッと握りしめた。叩かれた痛さより、

彼女の感情が表に出て来たことの方が、僕にとっては大きい。


「何もかも知っていて、ずっと黙ってたんですか。私があれこれ語るのを、
向こうで笑ってたんですか」

「そうじゃない……」


僕が1歩近づくと、磁石の反応のように三田村は1歩後ずさる。


「知らないと思って、バカみたいに楽しそうに語ってるって……、主任、そう思ってたんですよね」

「違うんだ……」

「いつもそう……、みんな知らないふりをしているけど、本当はちゃんと知っていて、
気付かないふりをしながら、舌を出して、隠れて笑うんです」


三田村の苦しい胸の中が、悲鳴をあげあふれ出す。僕はあえて何も言わずに、

感情をあらわにする彼女の言葉を聞いた。


「言葉に出せば消えてしまう。だから、文字にしたんです。あの場所なら、誰も私のことなんて
知らないし、知ろうともしないと……そう思ったから……」


三田村は僕に背を向け、まっすぐに歩き出した。僕はその後ろを黙ってついていく。

彼女の少し速い足の運びに、本気になればすぐに追いつくことは出来た。

それでもまだ、三田村の心は膿を出し切っていないように見え、距離を測る。


「ついてこないで下さい」


映る影に、僕の存在を確認したのか、三田村はすぐにそう言った。しかし、速度はあがることなく、

一定のリズムを刻みながら、ただまっすぐに進む。


「ついて……こないで……」

「嫌だ……」


僕らの横を走る車が、結構なスピードで取りすぎた。この先まで歩いていくとどうなるのかは

わかっているが、黙って三田村について行く。


彼女はきっと先がどうなるのかなど考えもせずに、下を向いたまま、周りの景色も見ることなく、

苦しい場所から逃げ出すためだけに、ただ、道を歩いてきたのだろう。


「コウちゃんの言うとおり、私は失敗ばかりなんです。何をやってもうまくいかないし、
責任も果たせないし……」


かつて、ここに来た時は、これほど長く舗装された道は出来上がっていなかった。

スロープになった下り坂が、カーブを描きながら奥へと続く。


「彼が言う責任を、君が果たす義務なんてない」


僕のその声に三田村の足が止まり、少しだけこっちを向いた。目はすでに赤く、

にじんだ涙が光に反射する。君のその表情を見てしまったら、何を言われても後戻りは出来ない。


「聞いたんですか……」

「彼の言い分だけ……」


三田村の目はすっかり力を無くし、視線は下から上がることはなかった。動く気配のない彼女に、

僕はまた1歩近づき、声をかける。


「君が背負うことなんて、何一つないんだ。彼のためでもある、もう、言うとおりになったらダメだ」

「どこまで聞いたんですか。母の借金のことは……」

「聞いたよ……」


僕らの横をまた、スピードを出した車が1台通りすぎた。海沿いのスピードが出せる

道路の脇に立つ二人の存在なんて、誰も気にとめる人はいない。


「逃げたこともですか? 伯父さんとコウちゃんがうまくいかなくなったことも……」

「うん……」


絶望にうちひしがれたような、あきらめに身を投じてしまったような、三田村の目が、

その時僕を見た。


「私が……何をしていたかってことも……」


とても上品には見えないイラストが書かれたライターと、三田村の辛そうな姿が、僕の心を横切った。


「うん……」


三田村の目から、また涙があふれ出す。エレベーターで閉じ込められた時と同じように、

音もなくまっすぐに流れていく。あの時と違うのは、流した涙の意味だけだ。


「どんな理由でそうなったのかも、彼から聞いた。そんなことは過去のことだ。
気にしちゃダメなんだ。三田村……」


過去に囚われたら辛いのは自分だけだ。こんなとき、もっと気の利いた言葉が言えたら、

三田村の心は楽になるのだろうか。


「あなたにだけは……知って欲しくなかった」


崩れそうになる三田村に僕は右手を伸ばしたが、最後の力を振り絞った彼女に、突き返された。


「触らないで!」


三田村はさらに歩く速度をあげ、奥へと進んでいったが、やがて道は途切れ、

どちらかに曲がらないとならなくなる。左には細い道があったが、それは海へ出るためのもので、

その先はない。右は幹線道路の高架があり、薄暗く先が見えない。僕は彼女の心も、体も、

限界の場所まで追い込んだ。


「お金を返す方法が、私にはそれしか浮かばなかった。自分で納得して始めたけど、結局、
そこからも逃げることしか出来なくて」


後ろを向いたままの三田村の方へ、ゆっくりと少しずつ僕は近づき、手を伸ばせば届く場所で、

立ち止まる。こっちを向くんだと、念じながら彼女を見た。


「初めから主任に釣り合うような、そんな存在じゃないんです。仕事をすれば失敗ばかりだし、
自分の問題を、解決することも出来ません。だから、もう……」


初めてケーキ店で会った時から、彼女の不器用さは見て取れた。確かに仕事をさせても、

決して優秀だとは言えない。簡単なことを間違えたり、慌てて騒ぎを大きくしたこともあった。


「もう……ほっといてください」


それでも、誰よりも優しく、誰よりも我慢強かった。


「どっちに行ったら、帰れるんですか? それだけ教えてください」


助けて欲しいと、ただ、その言葉が聞きたいのに、三田村はずっと一人で生きてきたからか、

そんなセリフさえ、頭に浮かばないようだ。


「……もう……消えてしまいたい……」


僕はわき上がる感情が一気にあふれないよう、一度大きく息を吐き自分の心を整える。


「どちらに行っても、駅にはつけない。君が行く道は、どっちでもない……」


後ろを向いたままの三田村の左手を強く引くと、抜け殻に近い状態の軽い体が、

ふわりと僕の腕の中に飛び込んだ。逃してはならないと、腕に力を込め、崩れそうな彼女の気持ちを、

精一杯支えてやる。


「三田村の居場所は……ここだ」


彼女が泣くのを見たのは、今日で3度目だ。エレベーターに閉じ込められて解放されたとき、

そして、原田の失敗に巻き込まれた後、屋上で僕が謝った時、そして……。


3度目の涙で、僕は初めて彼女のしゃくりあげる声を聞いた。押さえていた感情が、

音になって僕にぶつかってくる。今は何を言っても、聞こえないだろうと、抱きしめた腕に、

もう一度力を込めた。



僕は君のそばにいると、それだけを伝えたくて……。





33 過去流し へ……




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受けとめられる器の大きさ・・*

チーズのカミングアウトに戸惑いと怒りと哀しみを感じる三田村ちゃん・・・。
>「あなたにだけは……知って欲しくなかった」
・・・この想いが、胸に刺さって辛いです・・。

でも、祐作は・・・彼女の態度に焦ることなく段々とその心に寄り添っていって・・・
本当に偉い! その器の大きさに・・また惚れ直しました(〃ー〃)
最初は、少し離れていて、だんだんと彼女に近寄っていくという距離感の表現の仕方↓が
実に上手いです~ももんたさん!

>それでもまだ、三田村の心は膿を出し切っていないように見え、距離を測る。

>ゆっくりと少しずつ僕は近づき、手を伸ばせば届く場所で、立ち止まる。

>こっちを向くんだと、念じながら彼女を見た。

そしてラスト・・・

>「三田村の居場所は……ここだ」

ここで、もう号泣~;; 祐作のこの熱さ・・しっかり三田村ちゃんに伝わってるはずだよね・・!?

Re: 初めてコメントさせていただきます

ないしょのコメントさん、こんばんは!

サークルからずっと読んでくださったとのこと。
ありがとうございます。

祐作はついに望と向き合いました。
初めは、ちょっとドジな部下くらいの思いしかなかったはずですが、
色々なエピソードと、彼女の境遇……

そんなものが心を少しずつ動かしたのでしょう。

読んでドキドキしていただけるのは、
書き手としては、とっても嬉しいこと。

これからも空想、妄想で、おつきあいください。

何の力にもなれないなんて、ことはないですよ。
こうして読んでもらえているんだとわかるだけで、
たくさんのパワー! になってます。

ありがとう。

Re: はじめまして♪

ないしょさん、こんばんは!
お返事は全て記事の中に統一していますので、
こちらで失礼します。

サークルから来て下さったんですね。
私の作品を読んで、そしてこちらにも顔を出してくださったこと、
とっても嬉しいです。

サークルは大きなデパートで、あれこれ選べますが、
ここは私の作品しかないので、始める前まではとても心配してました。

誰も来てくれなかったら……

なんて。

私が書く登場人物は、いつもそこらへんに歩いているような人です。
だから一生懸命な姿に、みなさん共感して下さるのかと思っています。

これからもこちらで、お好きな時間に楽しんで下さい。
私も楽しくブログを続けて行くつもりです。

ありがとう……

嬉しいです

eikoさん、こんばんは!


>最初は、少し離れていて、だんだんと彼女に近寄っていくという
 距離感の表現の仕方↓が 実に上手いです~ももんたさん!

キャッホー! ありがとうございます。
祐作は先に望の事情も、気持ちもわかってこの時を迎えてますからね。
余裕のあるところを、少し出したいなとは思っていたんです。
わかっているところと、わかりきれてないところと……

微妙な二人は、さらに次回へ続きます。


>「三田村の居場所は……ここだ」
 ここで、もう号泣~;; 祐作のこの熱さ・・
 しっかり三田村ちゃんに伝わってるはずだよね・・!?

はずですよね……

よしっ!

ももちゃん こんばんは^^

祐作 よくここまで踏ん張った!
望の手を離すな~!

望も泣ける場所を見つけたことに気がついてほしいな・・・

余裕を見せようとする祐作の一生懸命さ、こちらまで伝わってきて、一緒に拳を握ってたかも。
(って、祐作が拳を握ってたのかは不明だけど 笑)

望に自信を与えてあげてね^^
次、待ってるわ!

男として。

辛いだろうな。。
絶対に知られたくない事
一番知られたくない人が知っているなんて
今まで望の周りには居なかったんだね味方の人が。。

じっと辛抱強く心の叫びを聞いてあげる祐作。
そして優しく冷静に包み込んであげる姿に涙です。v-254

>「三田村の居場所は・・・ここだ」
もうこれには「やられた!」v-218



祐作!がんばれ!!

ついに・ついに、「僕が・・・チーズだから!」って

祐作くん! かっこいいなぁ~。

「三田村の居場所は・・・ここだ」

うんうん! そうだよね!

この一行で望さんの心がほぐれていきますように・・


ももんたさん! 次も楽しみにしてますね♪

ちょっと関係ないけど、今カウントが123456だったんだよv-10でももう違うね・・・

祐作いいね~男だね~。そうだよ心を込めて伝えるのよ。もう涙は見たくない。
笑顔になって欲しいってv-411自分の傍で。

まだ解決しなきゃいけないことは有るけど、取りあえず望は捕まえられたかな?

その一言が…

“祐作=チーズ”の事実が望にとっては青天の霹靂v-12
「……もう……消えてしまいたい……」の言葉に望の切ない思いが詰まってる
そう感じました。
祐作の「三田村の居場所は・・・ここだ」一言に望の心が素直になりますように
私祈ってます~i-185

空気感

なでしこちゃん、こんばんは!


>余裕を見せようとする祐作の一生懸命さ、こちらまで伝わってきて、
 一緒に拳を握ってたかも。

ありがとう。
そんなふうに空気感が伝わってくれたら、言うことなしです。e-278
32話にして、やっとここまでたどり着いております。

まだまだ続くので、この先ものぞいてね。v-422

そうなんですよ

beayj15さん、こんばんは!


>辛いだろうな。。 絶対に知られたくない事
 一番知られたくない人が知っているなんて

そうですよね。そこは祐作としても気を遣ったところなのでしょうけど、
その分、じっくりと望の気持ちを、聞き出してあげました。v-344

二人の時間は、もう少し続きます……v-352

まっすぐに

hachioujiさん、こんばんは!


>ついに・ついに、「僕が・・・チーズだから!」って
 祐作くん! かっこいいなぁ~。

望の性格を知っている祐作だからこそ、まっすぐに想いを告げました。v-347
その中にはもちろん、自分を頼って欲しいという願いもありまして……

望の心の動きは、さらに次回へ……v-410

楽しみにしてくれてありがとう。マイペースですけど、お付き合いください。

ラッキーだ

yonyonさん、こんばんは!
カウント並び、見てみたかったな。

>祐作いいね~男だね~。そうだよ心を込めて伝えるのよ。
 もう涙は見たくない。

望がすぐに引いてしまう性格だからこそ、まっすぐに告げた祐作です。e-415
ストレートが一番響く……そんな気がします。

しかし、おっしゃる通り、まだまだあれこれありまして。v-392

次回へ続きます。

二人の本音

Arisa♪さん、こんばんは!
カウント横並び、見てみたかったな。

>「……もう……消えてしまいたい……」の言葉に
 望の切ない思いが詰まってる、そう感じました。

そうですよね。望にとっては、祐作の言葉自体が驚きv-405で、次々と知ってしまった時に、
思わず本音がちらりと出た言葉なんです。

知られたくない人に知られてしまった辛さ
それをわかっていて、あえて攻めて、さらに引き寄せる祐作v-343

続きは……次回へ!

二人の恋

yokanさん、こんばんは!


>三田村ちゃんを抱きしめた最後のシーンにグッと来た~(T-T)

ここまでの恋の展開がゆっくりだったので、ジーンv-406としてくれた方が多かったです。
祐作に知られたくなかったために、ビクビクしていた望と
それを知ったうえで、あえて攻めた祐作

二人の恋v-344を、これからも応援して下さいね。

はじめまして

SOBのリンクから初めておじゃま致しました。
1話から32話まで2時間くらいずっと読ませていただきました。
ちょうどいいところまでお話が進んでいてよかった~と思いながら^^。

自分の気持ちを知らない間にずっと前から知られていたというのは
恥ずかしいですし嫌な気持ちになるでしょうね。
できたらそれは言わないほうがよかったんじゃないかと思いました。
でも、それじゃあ気持ちを伝えられなかったのかな…

カッコよく仕事もできる青山さんがフリーだというこの状況に
私も出くわしたいと思ってしまいます。

次回を楽しみにしています。

祐作の気持ち

conanさん、こんにちは
昨日は、どうしてもここにお返事が入らなくて……
遅くなってごめんなさい。

SOBから来て下さったんですね。
しかも2時間も読んでくださったとのこと、疲れませんでした?


>自分の気持ちを知らない間にずっと前から知られていたというのは
 恥ずかしいですし嫌な気持ちになるでしょうね。
 できたらそれは言わないほうがよかったんじゃないかと思いました。

祐作も望とぺこすけが結びついた頃には、言わなくてもと
思っていたのですが、彼女の性格が、本心を出さない……と気づき、
境界線を一気に越えてしまおうと、あえてカミングアウトしました。

しかし、望自身が自分の秘密を知られたv-12……と思っているのも
確かなので、さらに次回、祐作は……

……と、この続きは、次回に。(笑)

これからもよろしくお願いします。
コメントありがとう。v-290