23 真実のネタ 【23-6】

【23-6】

「三村さん……」


料理の代金は先に支払ってあるため、店を出て行っても怒られないが、

私の気持ちは、落ち着くどころか、さらに不満分子を増している。


「どうして席を立つのですか。まだ、話しがあります」

「わかっています」

「わかってなんていないでしょう」

「わかっています」

「ウソです。あなたは何もわかっていない。
私が、どんな気持ちで『MARBLE』にいたのか、知らないことばかり聞かされて、
どれだけ気持ちが沈んだのか……」


真実を知らなかったということが、どれほど心細くて、どれほど寂しかったのか……


「三村さんは、何もわかっていない」


何一つ、疑ったことがなかったから。

他の人から、聞かされたことが寂しくて、悔しくて……


「わかっています」

「わかってないです。ないから……」


勢いよく歩いていた三村さんが、その場で急に立ち止まった。

私はそのまま体をぶつけてしまう。

ぶつけてしまったショックなのか、我慢してきた思いが抑えられないのか、

自分の目が、少しずつ潤むのがわかる。



嫌だ……

こんなふうに、涙など流したくない。



「わかってますよ、長峰さんがどういう思いでいたのか。
だからこそ、今、こうして考えているんです」

「考える?」

「あなたがどう言ったら、どう話したら、納得してくれるのか」


私が納得するまで、話をしてくれる。


「あと数分、考えさせてください」


三村さんの手に引っ張られたまま、私はそこからただ、黙って歩き続けた。





三村さんの部屋。

上がるのは2回目。

以前、わくわくする気持ちで見た作品が目の前にあるけれど、

今日はそれを見ている気持ちにもなれない。

何もないテーブルの前に一度は座ったが、三村さんはすぐに立ち上がり、

窓の方へ向かった。私も言葉を聞き逃したくないと、そばに立つ。


「長峰さんが聞いてきた通り、俺の本名と言えるのは『折原紘生』です。
でも、この名前は捨てました。戸籍上はどうしようもないですが、
仕事の中で使うことはどうしても嫌だったので」


『折原紘生』

紗枝さんの話は、本当のことだった。


「家には戻らない、仕事も継がないとそう自分で宣言した以上、
都合よく名前を使うのは間違っていると思って、三村を名乗っています」


『三村紘生』

この人は、わけありの人だった。


「折原という名前が出れば、『折原製薬』のことも話題になるでしょう。
向こうにも迷惑になるでしょうし、俺自身も望んでいないことです。
それは、紗枝がここに来たときにも話をしました。
親の意向に添えない人生を選んだ以上、たとえ名前だけでも、
親の中に住むようなことはしたくないと、そう伝えました」


三村さんは、折原の家を名前ごと捨てたと、そう言った。


「商売というのが、これほど大きな企業だとは……」

「捨てたものです。大きさは関係ありません。会社は社員のもので、
俺のものではないし……」

「でも……」


でも……あまりにも想像とかけ離れていて、頭がすぐについていかなかった。


「嫌いになりましたか。ウソをついていたと、腹を立てているのでしょう」


私は下を向いたまま、小さく首を振った。

嫌いになったわけではない。ただ、どうしたらいいのかがわからない。


「財産をもらうつもりはありませんし、親の力を使うこともありません。
俺の生活はこのまま変わりません」


三村さんは成人した男性だ。いくら親が継げと言っても、

本人がそれを拒絶することは可能だろう。


「前にも言いましたが、人が生きていくということは、
自分を傷つけるか、人を傷つけるかです。俺は、大勢の人を傷つけて今を得ています。
だからこそ、諦めるわけにも、途中でやめるわけにもいきませんし、
するつもりもありません」


人が生きることは……誰かを傷つけること。

私も、傷ついたり、傷つけたりしながら、生きてきた。


「紗枝の母親と、俺の母親は学生時代からの友達で、今でも仲がいいんです。
だから、なんとか口説いて欲しいと頼まれたのでしょうが、
長峰さんが気にすることでも、間に入ることでもありません。
その話は、もう伝えてあります」

「お母さんが、体調を崩して入院されてもですか」

「……入院?」

「はい。お父さんと三村さん……いや、えっと、折原さんが……」

「三村でいいです」

「でも……」

「俺が海外で好き勝手なことをしたときにも、母は具合を悪くしたそうです。
それでも、それごと受け入れてもらわないと、ならないことですから」


家族なのに、誰もが顔をあわせられない間柄になるなんて、

聞いているだけで辛くなる。



「ここからは、俺一人で話し続けます。最後まで聞いてください」



三村さんの決意と言えるようなセリフに、私は顔を上げた。




【24-1】


《 Dressing人物紹介&豆知識 》

【古川紗枝】
エステ業界で売り上げを伸ばす『MARBLE』、副社長の娘。
アメリカへ留学経験を持ち、食生活やエステの勉強を何年かし、日本へ戻る。
紘生とは母親同士が同級生で、兄妹のように育つ。

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